19.熱視線


 ――遂にそのときがきた……。


 期限日の午後八時、俺たちはギルド協会内、地下に足を踏み入れようとしていた。


 あの受付嬢に例の依頼を受けることを伝えてギルドカードを渡すと、試験官がいるという地下室まで案内されることになったんだ。


 カウンター奥の階段を下りていくと、輝く魔法陣が中央に描かれた薄暗い空間に辿り着く。


 これは……間違いない、召喚術の前提として描かれるものだ。そこに立つ偉そうな髭面の男が召喚術師で、試験官も兼ねているんだろう。


 術者次第だが魔法陣は一度描けば大抵長続きして、そこからどんどんモンスターを呼び出すことが可能になるらしい。ただし同じ種類のモンスターに限られるが、個人の力量を測る戦闘試験にはうってつけってわけだ。


 既に空間には俺たち以外に50人ほど集まっていて、緊張した面持ちで魔法陣のほうに目をやっていた。もし見回りとして選ばれれば目に見えて優遇されるんだし、俺たちを含めてみんなそれだけ必死なんだろう――


「――おっほん……」


 お、試験官が意味ありげに咳払いしたからそろそろ始まりそうだな。


「えー、只今より戦闘試験を行うわけであるが、その前に簡単な説明をさせてもらう。ここに集まった冒険者たちは、CからSまでランク順に一人ずつ魔法陣から出てくる同一種のモンスターと戦い、その討伐時間を競うというものである! 制限時間は10分であり、それを越えた場合、あるいは味方が助けた場合、これ以上戦えば危険だとみなされた場合、いずれのケースも失格処分になるものとするっ!」


 なるほど……そうなるとやはり火力のあるジョブが断然有利だな。


「私の経験上、冒険者ランクなどでは真の強さは測れないものであるからして、Sランクの者でも腕に自信のない者は直ちにここから立ち去ることをお勧めするっ! 例えるならば、体つきが貧弱で一人で戦う力もない回復術師のようなジョブはなっ!」


 試験官の言葉で周囲が俄かにざわめき出した。明らかに俺のほうに好奇の眼差しを感じるのは、それだけ弱そうに見えるからだろうな。回復術ばかりにのめり込んでて体は鍛えてこなかったから仕方ない。いくらバカにされようと、俺がやっても意味がないので鍛えるつもりもないが。


「ではまず、1番目っ! Cランク冒険者、剣士のアルバート、前に出るのであるっ!」


「フッ……いよいよだね……」


 魔法陣の前に、細いが筋肉質でイケメンの男が立つ。見た目で俺が勝ってるのは身長くらいか……って、うわ、こっちに向かってウィンクしてきて背筋が寒くなった。


「ン……おい、勘違いしてくれるなよ、そこの弱そうな男。僕は君の両側にいる美しい少女たちに対してやったんだからな……」


「……」


 なるほど、アルバートってやつがウィンクしたのはアイシャとルアンに対してだったのか。睨まれたのでさらに印象が悪くなったが。


「うー……弱そうな男だなんて、ラフェルさんは最強なのに見る目なしですねえ」


「まったくだぜ。ラフェルよりすげーやつなんかこの世にいねーよ」


 アイシャもルアンもアルバートのことは眼中にないっぽいな。いい気味だ。ただ、悪い気はしないが二人とも俺に関しては褒めすぎだって。


 ――お、魔法陣が光り輝き始めた。いよいよモンスターが出てくるみたいだ。


「フッ……これから僕の力を存分に見せつけてあげるね、二匹の可愛い子猫ちゃんたち……ンチュッ……」


「……」


 アルバートが投げキッスまでしてきて俺は気分が最悪になった。ターゲットにされた二人はもっと気持ち悪かっただろう。吐き気まで催してきたので回復術でリカバリーしておくか……。




 ◇◇◇




「――ラ、ラフェルの野郎が見回り役になる依頼を受けただって……?」


「ええ、そうよ。【正義の杖】ギルドに在籍してるスパイを探し出すためのね。彼らはさ、それに選ばれるための戦闘試験をこれからやるみたい。楽しみだねえ」


「「「……」」」


 カタリナからラフェルについての情報を聞き出し、神妙な面持ちになるクラークたち。


「ラフェルのやつ、何考えてんだ……? 草刈りとか、あんなしょぼい依頼しか受けてなかったくせによ」


「そうよ、しかもあたしたちのほうが先に達成したくらいなのに……」


「ですねぇ、見回りなら武闘派タイプの強力なライバルもいるでしょうし、有能そうな連れの女の子たちならいざ知らず、回復術しか取り柄のないラフェルさんが戦闘試験に合格するはずもないですよ……」


「あら……残念だけれど、あたいはそうは思わないね」


「「「えっ……?」」」


 クラークたちにとって予想外の発言をしたカタリナに注目が集まる。


「今までの彼を見ていたらさ、受かる可能性も充分あるってあたいは思うよ?」


「そ、そういや……」


 はっとした顔になって手を叩くクラーク。


「あいつ、モンスターの群れが出たときに自ら囮役に買って出たことがあっただろ。まあ絶対死んだって思ってたら、ケロッとした顔で戻ってきたんだよなあ。多分、回復術でギリギリ凌いでたところで誰かに助けられたんだろうけどよ、意外と根性あるからいけるかもな……」


「それって……ただ単にラフェルの運がよかっただけじゃ? クラーク……」


「僕もエアルさんに同意します……」


「か、かもしれねえな……!」


「あんたらさ、戦闘試験は協会の中でもうそろそろ始まりそうだけど、見に行かなくていいのかい?」


「「「あっ……!」」」


 クラークたちは我に返った様子で協会へと猛ダッシュするのであった……。

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