15.勘違い


「この依頼をお受けになるのですね! かしこまり……えっ……」


「ん、どうかしたのか?」


「……い、いえっ……」


 例の受付嬢のやつ、もう来るわけがないと侮っていたのか俺たちの顔を見て唖然としてる。この勘違いを生み出すために、わざわざ落胆の表情で引き返す素振りを見せてやったんだけどな。


 あれから俺はアイシャ、ルアンとの話し合いも済ませた上で【悠久の風】ギルドを解体し、【正義の杖】ギルドへの加入者を募集中! というエスカディアのギルド協会が自らアピールしてる依頼を受けたんだ。さすがにこれは断れまい。


 これこそ郷に入れば郷に従え作戦ってやつで、回復術師としては鉄壁の外側ではなく、内側に入り込んで内部から病巣を取り除いていくイメージだ。


 事を終わらせたあと旅団ギルドを再結成するのにまた金がかかるとはいえ、まだF級だったのが不幸中の幸いで、いつでもやり直しがきくのが大きい……お、申請が済んだらしく受付嬢がなんとも複雑そうな顔で舞い戻ってきた。


「――お、お待たせいたしました、冒険者様。これが【正義の杖】のギルドカードとなります」


「てめえ、いつもの暴言は吐かねえのか?」


「はあ? 一体なんのことでございましょう? わたくしさっぱりわかりませんけれど……」


「こいつ――」


「「――ルアン……」」


「わ、わかってるよ……」


 白々しい受付嬢の態度にルアンが腹を立てるのもわかるが、ここで暴れたら【悠久の風】を解体してまで【正義の杖】に入ったことが無駄になってしまうからな。それに俺たちに対して慌てて対応せざるを得なかった時点でもう充分恥はかかせてる。


 名前:ラフェル

 年齢:20

 性別:男

 ジョブ:回復術師

 冒険者ランク:S

 所属ギルド:【正義の杖】

 ギルドランク:S


「……」


 ギルドが変わるというだけのことで、これほど虚しさや悔しさを覚える羽目になるとは思わなかった。アイシャとルアンも表情にこそ出してないが胸に迫るものはあるはずだ。俺たちはこの気持ちを絶対に忘れてはいけない。さあ、病巣を取り除く第一歩目の開始だ……。




 ◇◇◇




「お、おめーら、今の見たか……?」


 エスカディアの町のギルド協会にクラークらのギルド【聖なる息吹】が登場し、入口近辺に飾ってある植物の影に隠れながら見たもの、それは回復術師のラフェルたちがカウンター前で受付嬢と何やら会話をしているところだった。


「見た見たっ、あいつなんかの依頼受けようとしてるっぽいね」


「連れの女の子たちにいいところを見せようってところでしょうかねえ」


「……ン、何か揉めてるみたいだね」


 カタリナの言った通り、ラフェルと受付嬢の会話は不穏な空気を感じさせるものであり、まもなくクラークがはっとした顔になった。


「俺、なんとなくわかった気がするぜ。ラフェルの野郎、受付嬢をナンパしてああいう反応をされたんだろうよ。じゃなきゃよ……ほら、今の見ただろ、普通はギルドカードなんて踏まれねえぜ……」


「うわっ、それいかにもありそう……。ラフェルのやつ、女の子二人連れてるからって自分がモテてるって勘違いしたんじゃない? うざっ……!」


「しかもラフェルさんは全然反省した様子もなく、連れの女の子たちに気持ち悪い笑顔を見せちゃってますよ。本当に薄気味の悪い男ですねえ……」


「でもよ、これであっさりフラれるんじゃねえの? ほら、引き返し始めたぜ」


「あたしの予想っ。入口付近でー、ラフェルはあの子たちに頬を張られて無様にお別れねっ」


「そこで僕たちが颯爽と登場して、ラフェルさんを慰めてあげましょうか」


「「「プププッ……」」」


 腹を抱えて笑うクラーク、エアル、ケインの三人だったが、カタリナだけは何かに気付いた様子で冷静そのものだった。


「その当人たちがまたカウンターのほうへ行ったけど、注目しなくていいのかい?」


「「「えっ……?」」」


 クラークらの予想とは裏腹に、ラフェルたちはカウンターに戻って普通に受付嬢と会話したのち、ギルドカードのようなものを受け取って意気揚々と出入り口へと歩いていった。


「な、なんだったんだよ、さっきの光景はよお……」


「な、なんなのあの受付嬢、さっきとは別人みたい……」


「な、なんなんでしょうねえ、さっき僕たちが見たのは……」


「てかあんたたち、彼を追いかけなくていいのかしらね……?」


「「「はっ……!」」」


 カタリナの発言でクラークらは一様に我に返った表情になり、すぐにラフェルたちのあとを追いかけ始めるのであった……。

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