10.荒療治
「い、一体こんなのどうやって治せるんだ……? どんな回復術師に頼んでもダメだったのに……」
「まあそこは俺に任せてくれ。ただし、条件がある」
「条件? もし治してくれるなら俺、なんだってするぜ!」
「よし、それなら治したらギルドメンバーになってもらう。男に二言はないな?」
「もちろん!」
この子の体は女だが、心は紛れもなく男だから問題ないだろう。
「まず患部を見せてくれ」
「あ、うん……」
俺は早速彼女の右の拳を手に取り、まじまじと観察する。んー……傷口の痕跡は少々残ってるが綺麗に治ってるし、骨や神経にも異常が見当たらない至って正常な状態だ。どんな回復術師に頼んでもダメだったという言葉もうなずける。
だが、俺は知っている。身体的な痛みというのは、そこに故障があるからというだけではなく、別の要因もあるということを。その痛みは敵ではなくどこかに異常があるんだってことを知らせてくれる味方だってことを……。
というわけで一応脳を中心に調べてみたが、異常らしい異常は見当たらなかった。ってことは、あれが原因かな……。
「ちょっと一つ聞きたいんだが、拳に痛みがある瞬間っていうのは具体的にどんなときなんだ?」
「それは……なんていうんだろう、多分、思いっ切り相手を殴ろうとするときだと思う。まだ当たってもいないのに気絶しそうになるくらい痛むけど……」
「……なるほど、やっぱりそうだったか。原因がわかった……」
「「えっ……!?」」
拳聖の少女とアイシャの驚いた声が重なる。
「要するに、これは心的外傷が原因なんだ。例の殴り込みの事件で暴れ回ったときに拳と心を酷く損傷したせいで、傷が癒えたように見えても心がまだ治ってないから同じように力を入れたときに痛みを思い出してしまうってことだ」
「い、痛みを思い出すって……それじゃ錯覚だったってこと……?」
「ああ、錯覚でも火傷はするし、痛みを感じることはある。それだけ心に深い傷を負っていたってことだ。元親友を含むギルドの古参を殴り倒した例の事件で……」
「……ど、どうすれば治るんだ……?」
「心を治すしかない。荒療治になってしまうが……」
「荒療治……?」
「ああ、事件を起こしたときの気持ちを思い出しながら右の拳で人を思いっ切り殴るしかない」
「え、それって……」
「ラ、ラフェルさん、まさか……!」
「アイシャ、そのまさかだ。これからこの子に俺を思いっ切り殴ってもらう」
「だ、ダメでしゅよぉっ――」
「お、俺だって嫌だ。そんなことしたら――」
「――俺とその右の拳を信じろ。勇気を出して今出せる力を振り絞って殴っていい。たったそれだけでお前は心的外傷を克服し、以前のような真の拳聖に戻ることができるんだからな……」
「「……」」
二人とも納得してくれたらしく、強い表情でうなずいた。あとは俺が受け止めてやるだけだ。拳聖の少女とアイシャの思いを……。
「さあ、来い……」
「んじゃ……遠慮なく、いっくぜええぇぇっ!」
「うっ……!?」
死を予感させるほどの莫大な圧力が伝わってくる中、俺は自身の体と拳聖の心の双方に対して全身全霊で回復術を行使する。
「――ぐはあぁっ……!」
「ラ、ラフェルさあぁぁん!」
「……はぁ、はぁ……」
何度も意識が千切れそうになる中、俺は回復術を切れ目なく維持させることに成功し、気付いたときにはアイシャが涙を浮かべながら俺を側で支えていて、拳聖の少女が信じられないといった様子で自身の拳を見つめているところだった。
「――い、痛くない、だって……?」
「……よかったな、成功だ……」
当時のことを思い出して痛みが走るであろう瞬間、俺は彼女の精神に対して語り掛けるようにして回復術を使った。過去を引き摺らずに原因となっているものを許すということ……それが回復術の基本中の基本であり、痛みや苦しみを鎮めることに繋がるんだ。
「あ、ありがとう……! この恩は絶対に忘れないし、約束通りギルドに入るよ。俺、ルアンっていうんだ、よろしく!」
「私、アイシャっていいますっ、ルアンさん、よろしくですぅ!」
「俺はラフェルだ。よろしく、ルアン……って、お礼をここで言うってことはもう治療は終わりでいいのか? 女性化も治してやれるぞ」
「……あっ……」
はっとした顔になる拳聖の少女ルアン。まあ利き手が命みたいな職業だし、それ以外のことにはおざなりになっちゃうか。
「いや、俺このままでいくよ」
「「えっ……!?」」
俺はアイシャと驚いた顔を見合わせる。一体どういう風の吹き回しなんだか……。
「もちろん俺の心は男なんだけど、こうなったら男の恋人もいいのかなって。ラフェルと一緒なら心も体も癒してくれるわけだし……」
「ラフェルさん、モテモテですねっ」
「あは、は……」
性別転換を克服するのに、そういう発想の転換で乗り切る方法もあるのか。ちと強引だが拳聖らしい遊び心だ。ルアンから本気っぽい強い視線を感じるのが少々気懸りだが……。
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