8.気質
「くっ……こ、殺せよ、早く……」
「……」
うずくまっている盗賊に対し、俺は歩み寄ると手を差し伸べてやった。
「な、なんの真似だよ、お前……あ。そうか、俺の体が目的なのか……」
「え?」
盗賊が顔を覆っていた布を外したかと思うと、綺麗な顔とぼさぼさの短めな黒髪が露になった。
「一応俺は女だから……お前の好みなら犯してから殺せばいい……」
「女だったのか……」
小柄ではあったんだが、気質と似通うともいわれる気配が完全に男のものだっただけにこれは意外だった。
「ちょっと、あなた! ラフェルさんはそんなこと――」
「――アイシャ、いいんだ。ここは俺に任せてくれ」
「は、はい……」
「さあ、早くやれ。俺は負けた盗賊なんだから、人じゃなくて物みたいに扱っていい」
「……」
この子……自分を打ち負かした相手に対して体を委ねるなんて、盗賊をやってることが信じられないほどの人のよさだな。しかもその正体が利き手の右手を使えない拳聖だっていうから興味は尽きない。拳聖自体、格闘家にとっては雲の上ともいわれる存在だからだ。
「あいにく、俺は回復術師なんでな。犯すのも殺すのも得意じゃないんだ」
「へ……?」
「それとも、期待したか?」
「バ、バカかよっ!」
「ははっ、その元気があるなら大丈夫そうだな。よかったら話を聞かせてくれないか?」
「はあ? なんで回復術師が俺みたいな盗賊なんかの話を聞きたがるんだよ……」
「俺にとってはただの盗賊じゃないってわかるからな」
「……け、拳聖だったのはもう昔の話だっ。今の俺はもう、ただの盗賊なんだ……」
「だけど俺にはそうは見えなかった。実を言うとな、冒険者ギルドを最近作ったばかりだから強い仲間が欲しいんだよ。それが拳聖なら大歓迎だ」
「……へえ、ギルドねえ。面白そうだけど、俺はもうダメだ。この右手がぶっ壊れてるし……」
盗賊の少女が絶望するのもわかる。見た感じ、あの右手の故障はただの怪我じゃなくて様々な要因が複雑に絡み合ったものだからだ。
「俺ならその右手を治すことができるかもしれない」
「え……!?」
「でも、その故障の原因となった過去の出来事を含めて話を聞かせてくれないと厳しい。傷っていっても色んな種類があって、心的外傷が影響を及ぼしてることもあるからな」
「……べ、別に話すくらいならいいけど、これを治そうなんて無理だ。実際、どんな回復術師に頼ってもダメだったんだから――」
「――ちょっと、キミキミ! ラフェルさんはそこら辺の回復術師とは一味も二味も違うのだよっ!」
「……」
またアイシャが俺を持ち上げてる。確かに自分は回復術オタクではあるけど、何度倒れても起き上がるチャレンジ精神が無駄にあるだけの平凡な回復術師なんだ。
「話を聞いてもいいか?」
「わ、わかったよ……」
盗賊の少女は観念した様子でおもむろに語り始めた。
「まず、俺は元々女じゃなくて男だったんだ」
「「えっ……」」
アイシャと俺の驚いた声が被る。気配は男のものだと思ってたが、それは当たってたらしい。右の拳がこんなことになったのと何か因果関係があるんだろうか?
「ガキの頃からさ、俺は別れた武闘家の親父の悪口をおふくろに耳が痛くなるほど聞かされて育ったもんだから、絶対そういうのにだけはなりたくないって思ってたし、俺自身小柄だったから勉強して武闘家とは真逆の魔術師になる道を目指してたんだけど……」
浮かない表情で口ごもる盗賊の少女。なんとなく彼女の言いたいことがわかる。俺も昔はどんくさいのがコンプレックスで、回復術師じゃなくて機敏に動ける剣士や派手な召喚術師を目指してたからな。なんせ両親ともに回復術師だったっていうのもあって、その職業にだけにはなるもんかって思ってたのに気付いたらこうなってたのは、一つのことに人一倍こだわるっていう親譲りの気質ゆえなのか。
「勉強がつまらなくてよくアカデミーの授業をさぼって抜け出してた頃、路地裏のほうで歓声が上がってて、行ってみたら小柄な爺さんが次々と大柄なならず者たちを投げ飛ばしてるところだったんだ。どんな職業なのか本人に尋ねたら、わしは拳聖っていう職業で、絡まれたから遊んでやっただけって言われて、俺……体中の血が滾るような気がして、絶対いつかこの人みたいになってやろうって思って……」
「……」
話していて当時の気持ちを思い出したんだろう。それまで虚ろだった少女の瞳に強い光が宿るのがわかった。
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