第9話 一発逆転のチャンス

「勝手なこと言って悪かったね」

「いえ、お恥ずかしいところおみせしてすみません。」

「うん、なかなかストレートで面白かった」


 あ、穴があったら入りたい。

 どうしてこうなった。


 ああ、これで私の恋も The End!


「蝶野さんって、面白い」

「あ、そうですか」


 もう、めちゃくちゃ。


「お詫びに、明日ボタニックガーデン案内するからさ」


「え? お詫びって、香坂さん何も悪くないですよ。むしろ迷惑をおかけしてすみません」


「いやいや、面白かったから全部チャラ」


 

 楽しそうな顔で答える香坂さん。


 瞳の色に違和感を感じる。


 うーん?

 

 さっきまでの大人の男のイメージが、ちょっと変わってきたような……


 なんか子どもみたいに嬉しそう?




 次の日の朝、香坂さんは私のホテルまでタクシーで迎えに来てくれた。


 ボタニックガーデンはオーチャード近郊の広い公園。

 園内にはオーキッドガーデンがあり、蘭の品種改良の研究が盛んだ。

 今日の目的はこの研究所との打ち合わせだった。

 

 見本の香を試して気づいた。

 空港の香りは、オーキッドがベースだったことを。


 広い公園内には湖が点在し、ヘリテイジツリーがたたずむ。


 シンガポールの国花 Vanda Miss Joaquimバンダ・ミス・ジョアキム の庭園も。


 すっきりとした立ち姿。

 細い葉と細い茎。

 風に揺れる大振りな紫の花弁。


 高貴な雰囲気を纏うVanda Miss Joaquimバンダ・ミス・ジョアキムは、そのまま香坂さんのイメージに重なった。


 花を見上げてたたずむ香坂さんの姿が絵になり過ぎて、思わずシャッターを切る。


 やっぱりカッコいい!


 振り向く香坂さん。


 慌てて携帯を隠した。


 香坂さんはそのままこちらへ歩いてくる。


「蝶野さん、貿易事務に詳しいんだね。今日は助かったよ」

「いえ、出過ぎたことしてすみません」


「昨日の話、実は本気なんだけど。うちの会社においでよ」

「え?」


 思いもよらぬ申し出に混乱する。


「うちの会社?」


「花菱商事の子会社」


「え? うちの会社? もしかして香坂さんって、花菱グループの御曹司!」


「御曹司って言うか、バカ息子ね」


 香坂さんは笑いながら話してくれた。

 

 ずっと家族に反発していたこと。

 大学卒業後、しばらく放浪の旅に出ていたこと。

 父親の社長が体調崩したので、流石にわがまま言っていられないと思って仕事に専念し始めたこと。



「そうだったんですか」

「だから蝶野さん、味方になってよ」

 

 いたずらっ子のような顔になる。


 昨日も思った。


 なんだろう。

 このギャップ。


 セクシーな見かけからは想像できない。

 少年のように邪気の無い瞳。

 

 でも……かわいい!


「私じゃ力不足ですよ」

「そうかな?仕事できるし、威勢もいいし」


 それ、誉め言葉になってないんですけど。


「うちの会社は古いからさ、変革が必要なんだ」

「なるほど」

「俺が欲しいのは、破壊力」


 破壊力か……確かに昨日の私を見たら、期待されるのもわかるけど。


 やっぱり、乙女心は傷つくわよ。

 でもこんなチャンス、二度と無いだろう。

 

 だったら飛び込むまでだわ。


「よろしくお願い……」


 バフっ!


「良かった〜」


 心の底から幸せそうな顔でハグされて、私も自分の気持ちに気づいた。



 私はもう、彼のperfumeの虜……逃れられない。


 それは、大人の色香と少年の瞳を持った香だった。

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