第一章 11話 中年は家族の絆を見て、自分の過去を嘆く

アンナはシドーが視界に入り、近づいてきたので自分から走って行って彼の目前に立ち、息を切らし焦った口調で話し始めた。


「あぁ、やっと見つけられました!昨日助けてくれた方、シドーさんでよかったですよね?命を救って頂いてありがとうございました。」

深々とお辞儀をするアンナを見て、シドーは正直困ったな、という感覚だった。感謝されることに慣れていないこともあったが勢いで助けた様なものを感謝されるのが性分に合わなかった。


「いいよ。たまたま身体が勝手に動いたようなものだし。感謝されることじゃないよ。まぁ、厳しい掟みたいだから家族と仲良く暮らす為にも行動する前に考えた方が良いとは思うけど、、」と言いかけてその家族の病でこの女性が危険を犯した事を思い出した。


「いや、家族の為か。ごめん。なかなか難しい問題だね。他人が立ち入る事じゃなかった。取りあえず命は大事にってことで。」


そう言われたアンナはシドーが本気で自分のことを考えてくれて出た言葉だと気づいて「ありがとうございます。」と噛みしめるように言った。


「他人の俺が聞いていい話じゃないかも知れないけど、えっと家族の具合は良くないの?」


「え、、、はい。いつもは痛み止めの薬を調合して貰っていましたが、ここには病に詳しい方もおらず簡単な薬しかなくて。最近はどんどん具合が悪くなっていて立ち上がるのがやっとな感じです。」


「なるほど。ここの集落には薬剤師しかおらず医師はいないのか、で薬剤師も知識はイマイチ。そうだよなぁ。」



シドーは自分のかつて生きた世界を思い出し、あの頃なら何でもなかっただろうにと嘆息した。

「まぁ、何かの縁か、俺はちょっとした事情で病に詳しいんだ。よければ見せて貰えるかな?もしかしたら原因がわかるかも知れない。」


ちょっとした事情と言うより彼は不幸にしてありとあらゆる病気にかかって身をもって治療方法を憶えてしまった。治療を疑って自分で調べる内に詳しくなったと言うのもある。病気オタクと言ったところか。


「本当ですか!私だけじゃなく妹まで、、、」

アンナはもう泣きそうだ、いけない!変な期待をさせてしまってる。シドーは慌てて「いや、確実にわかるわけじゃないから。知っている病ならなんとかなるかもって位だから。ないよりマシ位に思って欲しいんだけど。」


「それでも構いません。その内、死んでしまうと思うといてもたってもいられなくて。ここにはちゃんとした治癒師様なんて来てくれないし。見てダメだったとしてもいいのでお願いします!」


シドーは責任が取れない事を確認した上で彼女の家に向かった。

アンナの家はジェフとは違い集落の外れで、お世辞にも立派な家とは言えなかった。木と石を積み合わせた昔の貧乏百姓の住まいを想像した。


「ただいま!お母さん。昨日助けてくれたシドーさんをお連れしたよ。妹の容態を診てくれるって。」

母親のカイヤは出てくるなり先ほどのアンナと同じく深々と頭を下げ、昨日の感謝を述べてきた。


「カイヤさん、昨日のことは昨日で終わりましたから。もうやめて下さい。今日は病気の子供さんのお見舞いに来ただけです、容態を診るなんて医師でもないのに大袈裟です。物知り程度ですから。」


するとアンナは不思議な顔をしてシドーに尋ねた。

「シドーさん。さっきも思ったんですけど医師とか薬剤師とか聞いたことない言葉なんですがどういう意味なんですか?」


シドーは心の中で「しまった」と唱えた。時代が違うのだから呼び方も違って当然か、記憶喪失のはずが綻びが出るかも知れない。


「あ、ああごめんね。ちょっと記憶を何処かに置き忘れたみたいで、俺は確かそう呼んでたと思うんだけど、、、ここではどう呼んでいるのかな?」


「そうなんですね。何かよっぽど辛いことがあったのかも知れませんね。病を治してくれる治癒が出来る方を治癒師様とお呼びしています。薬で扱って治してくれる方を薬師様と。ここにはどちらもおらず薬草に詳しいおばあさんが薬屋として簡単な薬を調合してくれるんです。」


「治癒師に薬師か、、ありがとう。さて、、、」

「(レイさんや?起きてますか-。色々大変なんですけど、、、)」


『聞いてますよっ!さっきからマスターが年頃の可愛い女の子にデレデレとイケメンぶってるあたりもぜーんぶっ。何かご用ですか?』

レイは明らかに不機嫌だった。

「(そんなことないわ!袖すり合うも多生の縁って言うだろ?)」

『鼻の下伸ばして袖をすり合わせに行ったとしか思えないんですけどー!』

「(だから、、、いやそれは後の話にしよう。今はこっちが先だ。俺も簡単な見立ては出来るけど、難しいのは無理だ。上手く指先を切らせるからそこから中を調べられるか?)」


『ま、私ならよゆーですね!何なら血の一滴から分析もできますよ。病理学の知識はデータにありますから。』

「(よし、でかした!流石だ。俺はここで後悔しない事のことをやってから去ろうと思う。頼む!協力してくれ!俺一人では藪医者にも成れない、雨後の竹の子の様に湧いて出る竹の子医者レベルだから)」


『江戸時代の風説でしたっけ?流行らないから医院に藪が生い茂る、あと不況で武士が取りあえず知識も無いのに医者を始めることが続出して藪以下の竹の子医者って言われたとか。雨後の竹の子のようにポンポン出てきたんでしたよね。古いこと知ってますねー。それはともかく了解ですっ!そう言われたらやるしかないじゃないですか。私はマスターの幸せのためにいるんですから。』

「(助かるよ。パパッと解決して後悔無くここを去らせてくれ。)」


シドーは母親に了解を得て奥の部屋で寝かされている子供を診る為部屋に入った時に慌てた。女だった。しかも子供と言うより女性の体つきになっている。病人なので見た目はやつれているが、そもそも玄関でアンナが母親と「妹」と呼んでいたのを今になって思い出した。


「カイヤさん、子供って女の子です、よね?しかも子供という歳ではないような、、、」

「はい。アンナから聞いていませんでしたか?この子はニーナ、今年で17になります。アンナと年子なんですよ。」


シドーは狼狽した。母親の容貌からしてまだ30代半ばにしか見えないからだ。いつまでも若くいられる種族とか、いや違う、長と老婆は年相応だった。いやこれも年齢を聞いたわけではない。この世界の寿命も老化もわからないことだらけだ。シドーは意を決して女性には聞いてはいけないアレを聞くことにした。


「カイヤさん、大変失礼なのですが、いや娘さんの健康状態の把握にも必要なので聞くのですが、、、カイヤさんっておいくつですか?ここの人の寿命、老化してお亡くなりになる年齢とうか、、」


「え?私は34ですよ。結構おばちゃんです。アンナは16の時の子で。大体20までには結婚して子供を産むのが普通ですね。うちはニーナが病気なのでアンナも結婚してませんけど。あと寿命は死ぬって事で良いんですよね?聞いたことない言葉なので。お迎えが来るのは80~100位ですよ。ただ大体の人は怪我や病気で50位でで亡くなりますが。。。」


「いやいや、カイヤさんも充分にお若いですよ。昨日は姉が妹を庇っているように見えましたから。昨日も母と言われてもそれどころではなかったので、今まで考えてなかっただけです。」


とやり取りをしている間に眠っていたニーナが目を覚ました様だ。こちらを見て不審がっている。アンナに視線を移すと目が合ったと同時に悟ってくれたらしく説明を初めてくれた。


「ニーナ、起こしてゴメンね。この人はシドーさん。昨日、私が命を助けてもらった上に掟を破った罰で追放されそうになったのも助けてくれた人よ。今日はシドーさんにお礼を言う為に探してたら、お会いしたときに治癒の心得があると聞いて、お連れしたのよ。」


「初めましてニーナさん、僕はシドーと言います。ただの旅人で縁があってジェフの家で厄介になってます。今日は僕の知ってる病気かも知れないので、大したことは出来ないですけど診させて貰うことになりました。もちろんニーナさんの同意がなければやりませんけど。年頃の娘さんがこんな男に身体を診られるのって抵抗もあるでしょうし。」


するとニーナは辛そうに身体を起こして、話し出した。

「初めましてシドーさん。昨日は姉を助けていただきありがとうございました。あなたがいなければ私も今頃ここから追い出されていたはずです。お姉ちゃんには悪いといつも思っていますが、まさか勝手に外に出るとは思えずビックリしましたけど。」


と、笑顔で話した。辛そうだな、シドーは率直に思って、思わずポーチから錠剤を1錠取り出し水筒の水をベット脇のコップに移した。

「大変辛そうですね。取りあえずこれを飲んで貰えますか?痛みは取りあえず治まります。それから話をしましょう。」


シドーはニーナに錠剤を手渡し、コップを渡して飲ませた。10分もすると血色も良くなり痛みも取れたようで顔つきから苦痛の様子が無くなった。

「不思議!痛みも辛さも全くない。今なら動き回れる。なんか食欲も出てきたみたい!」


ある種の万能薬な存在だから、「一時的」には良くなった様だ。だがこれで治るような体調とも思えない。すでにカイヤとアンナは安心して涙が出ている。家族だからよっぽど辛かったんだろう。


シドーはこの家族を絆を感じて自分の過去で親が見舞いにも来なかった事を思い出した。その後、縁を切ったからもう吹っ切れたつもりだった。だがシドーの目に涙がにじんでいるのは家族への『憧れ』、だったのだろう。涙に気づいたシドーは見つからないようにそっと涙を拭った。


「よかった。取りあえずは痛みがなくてちゃんと話せる状態じゃないと判断も出来ないだろうから。今から僕が身体を診ることを許してくれますか?当然、全身とはいかなくても脱いで貰うことになります。僕の見た目はあなたと似たような歳に見えますし抵抗もあるかも知れません。またあなた方が言う治癒師の治療とは全く違う方法で行うことになります。それも含めて、お母さんやアンナさんじゃなくてニーナさんが決めて下さい。」


ニーナは少し悩んだが決意したようだ。錠剤の効果があったことが信頼を得たのだろう。

「若い男の子に診られるのは恥ずかしいけど、シドーさんを信用します。お願いします。私の身体を診てください。」

「わかりました。必ず治せるとは言えませんが、僕が出来る最善を尽くすことを約束します。」


ニーナの目は死と向き合う決意をしている目だ。恐らく自分では簡単な病ではないことはわかっているのだろう。シドーは死んでいったかつての患者仲間の目を思い出した。あの時の目だった。過去の自分も恐らくしただろう死の恐怖に立ち向かう目。死の気配が漂っているとも言える。生い立ちや大人になってから色々な経験でシドーは他人の感覚を機敏に感じ取るようになってしまっていた。こんな形で自分が嫌っていたこの感覚が役に立つとは思わなかった。


「それでは失礼しますね。」

シドーは了解を得たので、まず両眼の下まぶたを引っ張り裏側の色を見た。白い、貧血症状か。鼻の穴を見る。荒れていて鼻血も出ているようだ。粘膜も弱っている。


脇に手を挟む、体温計がないので脳内でレイに測定を依頼する。38.5度との報告。次に袖を撒くって腕を見る。所々に打撲のアザのようなものがある。顔そのものは綺麗で怪我の後はない。これで健康ならかなりの美人では思う。大きな目。長い睫毛、形の整った鼻梁、唇は荒れているが健康なら幸せだろうなと考えながら口の中も見る、歯茎が腫れているところがある。


髪の毛は抜けてはいないものの姉が綺麗な栗色の毛と違い、少し金髪掛かった茶色で荒れている。染色ではないからやつれているということがろう。


シドーは穏やかな表情はそのままだが心中は穏やかではなかった。穏やかでないどころではない震えるのを堪えるのに必死だった。シドーが経験した中で死の直接的な原因、『血の病』だ。恐らくレイに血を検査させたら同じ結論が出てきそうで過去の恐怖がフラッシュバックした。おもむろに刀を抜き切っ先をニーナの中指の先に当て「ちょっとだけチクッとしますね。」と言い、ほんの僅かだけ刺し血を一滴採取した。


丁寧に自分の手に取りレイに検査の指示を出す。『高確率で白血病』レイの検査は怖れていた通りの結果だった。正確には腰から骨髄液と採取しなければならないが流石に注射針はない。取りあえずシドーは笑顔で治療方法を確かめてきたいので少し時間が欲しいと言い、ニーナの栄養補給の為、胃の状態を考えて栄養ブロックを軽く砕いて水と一緒に飲ませた。


「何これ!口の中で冷たいスープが出来てるみたい!凄くおいしいです。」

「とっておきだから、さっきのお薬とこれは内緒にして下さいね。」

と言って一旦部屋を出ようとしたらアンナが慌ててついてきた。母親は久しぶりに調子の良い娘に涙しながら会話していた。


部屋を出るとアンナは深刻な顔でシドーを見て話し始めた。

「ニーナの具合はどうなんですか?やっぱり悪い病気なんでしょうか?」

「まだ、正確には言えないけど簡単な病じゃない事は確かだね。今確定する方法と治療方法を考えてるんだ。少し足りないものがあってね。」

「何が足りないんですか?何でも集めてきます!後治療費も一生かかってもお支払いします。だから、だから、、、妹なんです。助けてください。お願いします。」


必死に涙ながらに懇願され、シドーは家族の絆に感動していた。これが家族の普通なんだな、と。助けたい、方法はあるだがどうしても注射器になるものが欲しい。それも先端が2mm位の太い注射針付の、、、


「治療費はどうでもいいからさ。それより針のような形のでなかが筒になっているものとかないよな?そう藁のような。藁、藁だ!」

「ワラですか?あるにはありますけど、、、」

「できればペン先位の細さのものが欲しい。」

「わかりました。必ず見つけてきます!」


アンナは大急ぎで外へ出て行った。そしてシドーはアンナに自分の血からレイのナノマシンを抽出して投与出来ないか、骨髄から血を作り出す部分を直接修正できれば、、

『マスター、お話があります。』

真面目な口調でレイは語り始めた。

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