プロローグ1 シドーの前日譚

話は核戦争が起こる前まで遡る。


まだ世界が西暦であった20XX年。ある大病院の緩和ケア病棟にある無菌室。医療用機械がベッドの周りに複数置かれている。そこには呼吸器をつけた男が一人とベッド脇で医師が話しかけていた。

「実は石嶺さんにご紹介したい者がいます。」


ベッドには


【石嶺士道さま】

性別:男性

19XX年〇月×日生 41歳

血液型 A→B(輸血時は要確認)


等、患者情報が記載された名札が付けられている。

「誰ですか、今さら。坊主や神父とかなら不要ですよ。」


石嶺士道は血液の病気で造血幹細胞移植を受けたものの、数年後再発しドナーも今度は見つからずもはや、死を待つばかりだ。モルヒネの点滴で何とか痛みを和らげているが、副作用で酒に酔ったような多幸感と攻撃性を発症していた。


「確かに現代の医学ではこれ以上あなたを治療する方法はありません。」


それは理解していた。しかし改めて医師から言葉を告げられると士道の心はやるせなさで溢れてきた。

『どうして自分が、、何をしたって言うんだ!』

自分の心に答えのない問いをぶつけてしまう。


石嶺士道は今までの人生では「多少残念な普通の人間」だった。家族は妻がいて娘が一人。両親とは絶縁しており、妻との関係は冷え切っていていつ離婚するか、子供のために無理して家庭では笑顔を作っていたが限界だった。結婚生活で胃潰瘍になったことは一度や二度ではない。


いわゆる「典型的な鬱になりやすい」人間だった。真面目で規律を守り、家族を大事にした。その為には自分を二の次にするようなそんな哀れな人間。


「ははは、俺の人生って何だったんだ?俺は自分の為に全然生きることなく死んでいくのか、、、ふざけんなよ、、、」


その怒りとも諦めとつかない士道の表情を見ながら医師は姿勢を正し彼に話しを続けた

「石嶺さん。一つご提案があります。」

士道は何を言っているのか理解できなかった。ほんの数分前にいわば死刑宣告をされたばかりだから当たり前だろう。


「私の知人で医師資格を持っているのですが、何故か科学者に転向した変わり者がいまして。その者が石嶺さんに是非会いたいと言ってきたんです。」

医師は何とも説明しづらそうにする。


「科学者から見た致死性の病気について論文でも書くつもりですか?」

石嶺はもはや悪態しか付けなかった。

「いやいや、そうではなくて!ともかく説明が難しくて、後若干倫理に反することなので直接聞いて欲しいというか、、、」


石嶺はこの医師が責任を取りたくないが、知人の頼みだし、どうせ死ぬ人間だし良いかなと判断したことを察知した。そしてもはやどうでも良いので了承する事にした。

了承するやいなや、医師は如何にも助かったという表情で「ドアの外で控えさせてますので」と言い残し足早に病室から退出した。


入れ替わりに如何にも科学者といった中年、と言っても石嶺より少し上位の男が入室するなり自己紹介もなく勝手に話し始めた。


「石嶺さん、タイムカプセルってご存じですか?」

「は?タイムカプセル?子供の時に手紙とかを箱に入れて地面に埋めるやつですか?大人になってから「大人になった僕へ」とかのあれですかね?」


石嶺は『こいつ何言ってんだ?』と馬鹿にしに来たのかと多少怒気が入った口調で問い返した。

男は石嶺を大人しくさせるように両手をひらひらと前に向け、「すいません、説明がざっくり過ぎましたね。」と素直に詫びた。


男は話を続けた。

「石嶺士道さん、まず私は医師ではありますが本業は科学者でして。確かにあなたの身体は現代医学ではもはや治療方法はありません。しかし特殊なカプセルに入りその中で冷凍睡眠で仮死状態にし、医療用ナノマシンによる治療と肉体の回復力で病そのものを除去出来るかもしれません。」

男は更に話を続けた「勿論、非合法です。成功例はありません。ぶっちゃけた話が実験です。」


石嶺は段々話が掴めて来た。要はモルモット扱いで謎のカプセルに閉じ込めて上手くいけば治りますということだろう。恐らく医療の進歩の犠牲という結果に終わるのだろうが、、、


しかし士道には一つ疑問があった。万が一成功した場合の所要期間だ。

「先生?私はもう近いうちに死ぬんだから何でも良いですし、モルモットにでも使ってくれて構いません。けど一つ聞かせて下さい。一体、どれ位入っていれば良いんですか?」


男は科学者らしく答えた。

「石嶺さん、これは実験なんです。理論的には可能なはずですが、人間での成功例はまだないんですよ。成功すればあなたが第一号です。治療が成功した時点でカプセルの蓋が開きあなたは意識を取り戻します。それが10年か100年か、それともそれ以上なのか、あなた程の症状だと全く見当がつきません。参考にはなりませんが多臓器不全のラットは28日で生還したんですがね。」


寿命が精々1年のラットと比べてもと石嶺は聞き流した。


男は話を続けた。

「それでも生きたいと願いますか?次に起き上がった時、家族はおろか知り合いすら、勿論私もこの世にいないかもしれません。その覚悟はありますか?」


「先生?私はもう『終わった人間』なんです。家族には遺言でも書いておきますし特にこの世に未練はありません。折角なのでこの身体自由に使って下さい。但し痛いのだけはやめてくださいね。後条件として残された家族に生涯生活保障。これだけは実験費用から捻出してくださいよ。」

精一杯の強がりをした。


男はニヤリと笑い、「わかりました。実験への参加を心より感謝します。そして成功を祈念しております。残された方へは私から説明します。あと生活の保障もお任せ下さい。手紙位しか残せないでしょうが心残りを終えたらこのナースコールを押してください。私は医師かつ科学者ですが今回に限り私直々にお迎えにあがりましょう。」


全く笑えない。何様なのか?医者、いやコイツは科学者か。こんな奴らはみんな頭のどこかの配線がねじれてるのか。。。

そんなことを士道は思ったが今さら馬鹿馬鹿しいので無言で首を縦に振るだけにした。


数十分後。

士道はボタンを押した。

イカれた科学者のあいつがこれまた憎たらしいほどに高揚した表情でやって来た。

「やっと準備が出来たみたいですね。それでは施設へ移動しましょう!ささ、このベッドごと動かしますよー!」

待っていたのか、研究員と思われる男たちが突如数名現れベットを移送先へと運んでいった。


士道は『娘には色々と感謝をそして最後には余計な我慢なんてするな。君は今の自分を全て肯定して幸せに生きてほしい』と綴り、妻には一言『このクソッタレ!じゃあな!』とだけ書いた。せめてもの抵抗だった。


そして士道は変人科学者の誘導で施設のカプセルにベッドを横付けされ、最後の力を振り絞って透明な棺桶、いやカプセルに入り目を閉じた。

「じゃあな、俺の人生。最悪だったよ!もし生きられたら今度こそ思うがままに生きて暴れ回ってやる!」


そして士道の意識は途切れた。

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