第一章3話 中年の男は脳内で少女に完敗し絶望する
士道はナノマシンを黙らせる(意図的に無視しているだけ)事にし、梨もどきを食べてみた。
「あー。。みずみずしさも、甘さも梨に比べたら明らかに劣るね。まぁ水分と糖分補給は出来るからそれでいいけど。あとはタンパク質でもあればなぁ。それでも。。。」
当然である士道が食べていた当時の梨は先人達が品種改良を何十代にも渡って追求したものだ。野性の梨もどきが敵うわけがない。そんなことを言いつつも何故か彼の目から涙がこぼれていた。
「あ、そう言えば固形の食べ物だ。食べて良いんだ。しかも生ものだ。食感を感じるのっていつ以来だろう。口の中でシャリシャリと噛める。果汁と果肉が同時に通る喉ごし。懐かしいなぁ」
シドーは入院中、薬剤により免疫力をほぼ0まで下げられて無菌室で外出禁止だった為、病院食しか口に出来なかった。生ものや発酵食品は厳禁だったので滅菌処理として完成した料理を態々電子レンジで、加熱して酷い味のものしか食べていない。更に悪化した時点で絶飲食となり、点滴で栄養補給をしていた。
だからこの梨もどき一つ食べるのも味がどうであろうと彼にとってはご馳走なのだ。
『マスター!マスターってばっ!おーいこのバカマスターさーん?』
五月蝿い、ウザい、人間臭いと三拍子揃ったナノマシンが呼び掛けてくる。折角周りに邪魔な人間がいない幸福や、初めての食事を堪能してるのに、その心境を土足で踏み込んでくる。士道は仕方なく会話に応じることにした。ただ、念じるのは慣れてないので結局声に出していまうが。仮に人がいたら独り言を言う変人確定だろう。
それにしてもこのナノマシンの性格に覚えがある気がする。サラリーマン時代の後輩だ。仕事は出来るのだが、生意気かつお調子者で悔しいこと可愛らしくどこか憎めない。正直嫌いではなかった。今思うと良いコンビで二人が主軸となって多数のプロジェクトを成功させたはすだ。あの子と結婚していたらまた違った人生だったろう。
『バカマスターさん。片思いの女の子の回想は終わりましたか-?終わったんなら聞いて欲しい事があるんですけどぉ?』
士道は思考が読まれていることをすっかり忘れてしまっていた。
「なに?人が幸せな思い出に浸っているときに無粋な奴だな。」
『はいはい、終わったことを何時までも引きずってるなんてイイ男のする事じゃないですよー。ま、マスターはイイ男ではありませんけどー』
「いちいち文句付けてくるなうっとうしい奴だな。サポートシステムならそれらしくおとなしくしてろ!」
『あーやだやだ、マスターは細かい男ですねー。どうせモテなかったでしょ。いや、脳内の知識は共有してるからマスターの恋愛遍歴は全部把握済なんですけどねぇ。何なら昔、女の子を終電間近で引き留めようとしてフラれた時の記録映像でも脳内再生しましょうか?』
士道は今現状を悟り、『コイツに逆らったら場合によっては精神を破壊される』と理解したのだった。もう脳内ではジャンピング土下座をしている自分がいる。
「オーケー、俺が悪かった。お互い冷静になろう。共生関係だ。関係悪化は望ましくない。仲良くやろうじゃないか。な?」
『えー。わかってくれれば良いんですけど。一応マスターですし。精神が破壊されたら治すのも面倒だし。まぁ、たとえ自暴自棄になって自殺とかされてバラバラになっても指一本分くらい肉体が残っていれば再生出来ますけどね。と言ってもそれは今のマスター本人と同じ記憶を持つ別人かも知れませんけど♪』
(え、やばい。コイツ怖い。既にこの身体の主人は俺じゃない?もしかして乗っ取られてるの??)
士道は全身から嫌な汗が出たのだが、優秀なボディスーツが綺麗に吸い取り浄化してくれていた。
『やだなぁ。冗談ですよ、じ・ょ・う・だ・ん♪ 士道さんは私のマスターですよ。マスターが望まないことは出来ないんですよ。多分。』
「多分って何!多分って何!怖いんですけど!!」
『はいはい、茶番はこの辺にして話聞いてくれます?って話ってここにいてもどうしようもないので移動しましょうって提案なんですけどね。』
士道は見事なほど主導権争いに敗北し、来た道を引き返すのであった。
「ああ、だめだ、何を言っても言い換えされる面倒な奴だった。」
(俺、確か論破とか得意だったのにな、、、)
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