81話 思い込み


「がはあっ……!」


 思いっ切り背中を強打したけど、僕は無事だった。


 何故なら、寸前で【ウィンドブレイド】を使い、触手ごと氷柱をバラバラにしてやったから、地面に叩きつけられるだけで済んだんだ。


【難攻不落】があるから痛みはかなり軽減されてるし、ここまでは毒霧も広がってないのでまだ充分に戦える。


「ゴポッ……すううぅぅっ――!」


 僕は水を飲まないようにゆっくりと息を吸い込んだあと、宝箱目がけて一気に浮上していった。切れかかってるとはいえ【鬼眼】の効果が残ってるし頭は冴え渡っている。


 宝箱から覗く小さな闇の中から、黒い霧とともに伸びてきた真っ赤な触手を掴んだ瞬間、やつの【分離】スキルの削除を試してみると、どうやら上手くいったらしくていくら引っ張っても手が抜けなくなった。


 よーし、いいぞ……。受動的効果だから削除できないと思ったのはただの思い込みだった。相手が【分離】を意識した時点でスキルの効果は発揮されるわけで、触手を掴んだときこそが削除できるタイミングなんだ。


『ウウウゥゥゥウウウッ――!?』


 触手を引っ張って、敵の全体像を明らかにしてやる。


「――もう少し、もう少しだ、よし……はっ!? ゴポォッ……」


 あ、危ないところだった……。驚きのあまり水を沢山飲むところだった。


 なんせ、僕が引き摺り出したのは触手だけだったんだ。本体がないなんて、そんなバカげたことがあるはずが……って、待てよ? もしかしたらスキルじゃなくて物理的にも切り離しが可能なのかもしれない。


 なら、触手を再生している今がチャンスだ。そう思った僕は【殺意の波動】を空っぽになった宝箱のほうに使い、僅かな間でもいいので超再生をできなくしてやると、【ウィンドブレイド】と【維持】をかけ、さらに浮かび上がって蓋を閉めてから【混合】+《裁縫・大》+《跳躍・大》で縫合してやった。


『ウゥッゥウゥゥゥゥウウウウウッ!?』


 強烈な悲鳴がこだましたと思ったら、宝箱が見る見る膨れ上がって巨大なタコの姿に変化していった。うわ……宝箱の中に入ってるとばかり思ってたけど、最初からそれ自体に擬態してたのか……。


 それでも膨大な体力を持ってるせいか、まだ生きててどんどん再生し始めたので【瞬殺】でとどめを刺してやった。


「……や、やっと終わったぁ……ゴポォッ……」


 ほっとするあまり、一層大きな泡が浮かぶ……って、そういや水のオーブはどこにあるんだろう? ん、待てよ、宝箱に擬態してたってことは、まさか……。


 巨大タコを素早く解体してみると、中に青白い輝きを帯びた宝玉が入ってるのがわかった。これが魔法の水を精製するっていう水のオーブか。綺麗だなあ……。


 解体したタコも売り物になるかもしれないし削除しておこう。アルウ(亡霊)が覗いたら怒りそうだけど……。さあ、あとは水の神殿ダンジョンを攻略するだけだし、もうひと頑張りするとしようか。




 ◆◆◆




「「「「……」」」」


 水の神殿ダンジョン入口近くにて、四つの泡が水面に向かって浮き上がっていく。


「おいお前たち……そんなに不機嫌そうな面すんなって。今までの苦労が水の泡になるよりマシだろ? カインがダンジョンをクリアしたら、今度こそ上手くいくって……ゴポッ……」


「ゴポッ……ナセル、今度こそちゃんとカインに戻ってきてって言ってよね」


「イエスッ……リーダー、ゴポッ……ちゃんとしてくれないと困るっ……」


「そうですよ、リーダーさん、もうあんな怖い思いは沢山なんですから……ゴポッ……」


 ファリム、ロイス、ミミルの三人の懐疑に満ち溢れた目がナセルに向けられる。


「安心しろ――ゴポッ……今度は絶対失敗しないっていうか、失敗しようがないんだって。カインがここに現れたら、至ってシンプルに俺たちのパーティーに戻ってこいって一言言うだけだしな」


「ったく、ナセルったら……最初からそうすりゃいいのに、変に気取るからここまで長引くのよ……ゴポッ……」


「ウムッ。ガッデム――ゴポッ……リーダー、もう失敗は許されないっ……」


「ですねぇ。リーダーさん、もう次はないですよ……?」


「お、おう……って、おい、なんでお前たちがそんなに偉そうにしてんだよ。あのなあ、俺が今までどんだけ貢献してきたと思って――ゴポオオォッ!?」


 血相を変えて水面まで浮上していくナセルを、まもなく大きな三つの泡が追いかけるように浮かび上がるのだった……。

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