76話 浮き沈み
ミュリアの武具屋を出たときにはもう周囲が暗くなっていたので、僕は今日中のダンジョンの攻略を早々に諦めて冒険者ギルドへ帰還したところだった。
これからダンジョンの攻略までやろうとした場合、夕方の会食に間に合わないから論外として、依頼だけでもこなそうかと思ったけど今はそういう気分じゃなかったんだ。
なんせ王位継承権争いの熱量が凄くて、その板挟みに遭っていたレインって人がどうして心を病んでいったのかよくわかる気がした。絶対にスキルの副作用だけが原因じゃなかったと思う。
「――カイン様、お帰りなさいませ」
「カインー、おかえりー」
「あ、エリス、セニア、ただいま……」
夕食まで時間に余裕があることもあって玄関から入ったら、受付にいたエリスと、大量の皿を運んでる途中のセニアがわざわざ出迎えてくれた。
「お仕事お疲れ様でした。今日は早かったですね」
「お疲れ! そういやいつもと違って早かったなー」
「あ、うん。ちょっとね……」
「カイン様……お顔の色が優れないようですけど、大丈夫ですか?」
「カイン、なんならオレが肩揉んでやろうか?」
「だ、大丈夫大丈夫っ、なんでもないよ。ちょっとやることがあるからまたね」
「はい」
「うい!」
本当は全然大丈夫じゃなかったけど、エリスとセニアに心配をかけたくないので気丈に振る舞って二階へと上がっていく。とにかく今は一人になりたかったんだ。なんか出どころの知れない疲れみたいなものがあって……。
早速僕は会議室の隣にある狭苦しい部屋に入り、落ち着くかと思ったけどいくら頑張ってみてもダメだった。
定期的に心身の疲労や倦怠感を削除してるはずなのに、妙に引っ掛かるものがあった。こうなったら何を削除すればいいんだろう? 心って単純に見えて実は複雑な構造なのかもしれない……っと、もうそろそろ夕食だから行かないと……。
「――あのぉ、もしもしぃ?」
「……」
「ギルド長様ぁ?」
「……ん……?」
僕は食事中、近くの席に座るおっとりした女の子――食事運搬係のアンナ――に声をかけられる。
「ど、どうしたの、アンナ?」
「あのぉ……ギルド長様はぁ、もしかして食欲がないのですかあ?」
「え、食欲って――あっ……!」
彼女に指摘されたことで、僕はスプーンを口元で止めたままにしてることにようやく気付いた。
「「「「「……」」」」」
というかアンナを含めてほぼ全員、食事をやめてまで僕のほうを興味深そうに見てるし、これはさすがに気まずい。
「ちょ、ちょっと考え事をしちゃっててね……」
「どのような考え事ですかぁ?」
「別に大したことじゃないよ。ムフフなこととか……」
「まあっ……! ギルド長様ったらぁ……」
指摘してきたアンナを含めて、みんな苦笑いしつつも安心したのか食事を再開し始めたけど、僕は内心じゃ反省しきりだった。ギルド長がこんな風に良かったり悪かったりの調子じゃいけないし、向いてないんじゃないかとクレーム報告書を入れられてもおかしくない。
楽しいときに笑えるのは当たり前だし、そうじゃないときに最低でも普通に振る舞ってこそ、人を預かっている立場に相応しいといえるはず。周りに不安が伝染してしまうこともあるだろうから気を付けないと……。
◆◆◆
「――シュナイダー、待ちくたびれましたわ。随分遅かったですわね……」
室内に仮面の男が姿を現わした途端、苛立った様子で煌びやかな椅子から立ち上がる女がいた。
「申し訳ありません、ダリア様、悪い報告と良い報告があります……」
「そうですか……。では、悪い報告のほうから聞かせてくださいな」
「はっ……! 恐れながら申し上げます。あと一歩のところまでいったのですが、カインを取り逃してしまいました……」
シュナイダーがそう発言して以降、しばらく重量感のある沈黙が続いたのち、ダリアが溜め息をこぼしつつ口を開く。
「……シュナイダー……あなたは能力に関してはなんの問題もないというのに、それでも失敗するのはおそらく優しすぎるからですわ。あのときの約束、もう忘れたのですこと……?」
「滅相もございません、ダリア様……。あなたは雲の上のお方でしたが、ただの罪人に過ぎない吾輩を救っていただきました。この御恩には、あなたを王位に継がせることでしか報いることはできないと、そう今でも固く心に誓っております……」
「よろしい……その気持ちがあるなら、これからもあなたに重要な役目を任せられますわ」
「はっ、ありがたきお言葉……」
「それで、良い報告についても教えて頂戴」
「はっ……クロードたちはカインを救出したにもかかわらず説得に失敗したそうでありまして、例の武具屋に入ったカインが渋い顔ですぐにギルドへ帰還したとの報告が入ってきております」
「ウププッ……クロードもミュリアも人間の面を被っているだけのケダモノですもの。あんなやつらの味方になりたくないと思うのは至極当然ですわ……」
「確かに……」
「それにしても、カインとやらは一体誰に靡くつもりなのでしょう? ソフィアは王位に興味がないはずですし……妙に気になりますわ。とにかく、これからも監視を怠らぬようにしなさい、シュナイダー」
「はっ……!」
◆◆◆
「「「「……ゴポッ……」」」」
水の神殿ダンジョンの入り口前では、大きな四つの泡が定期的に浮かび上がっていたが、それを吐き出す者たちの顔は一様に沈み込んでいた。
「お、おい……カインはなんで来ないんだ……? ゴポッ……」
「ナセル……ゴポッ……それ、私のほうが知りたいんだけど……?」
「自分もファリムに同意だ、リーダー……ゴポッ……!」
「リーダーさん……あたしもファリムさんやロイスさんと同じ気持ちですし、お腹も空きました……。水はもう飲みたくないです……ゴポポッ……」
「ま、まあここまで遅いのは確かに想定外だけどよ……カインのやつがいずれ来るのは間違いねえって。何故ならギルドの係員の一人に、水の神殿の依頼をやつが興味深そうに見てるって教えてもらったからな」
「「「……」」」」
「お、おい、お前たち、そんな不安そうな顔すんなって! こっちまで心配になってくるだろうが――ゴポオォッ……!?」
この上なく頬を膨らませて浮かび上がっていくナセル。彼が血眼で目指す水面は、いつしか黄金色に染まっていた……。
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