77話 忠告


「……」


 月明かりの下、矢筒を背負った一人の男――ナセル――が恐る恐るといった様子で水面から顔を出すと、まもなく周囲を覆う闇色の森の中でが光った。


『『『『『ウジュルッ――』』』』』


「――ひっ……!?」


 表情を強張らせ、再び湖の下方へと潜っていくナセル。底には彼の仲間であるファリム、ロイス、ミミルの三人がいて、帰還したリーダーを不安そうな面持ちで出迎えることとなった。


「ナセル、どうだった?」


「リーダー、どうであった?」


「リーダーさん、どうでしたか……?」


「……だ、ダメだった、畜生……。モンスターどもが湖の周りを取り囲んでやがるし、夜のうちは戻れそうにねえ……ゴポッ……」


「「「……」」」


 ナセルの発言によって、三人の表情に悲壮感が色濃く浮かび上がる。


「どうするのよ、もう……。だから早めに帰ろうってあれほど言ったのに……ゴポッ……」


「オーマイ……ゴポッ……!」


「ひっく……あたし、早く暖かいお布団でゆっくり眠りたいですぅ……ゴポッ……」


「お、おい、お前たち、揃いも揃ってそんなしけた面すんなって……ゴポッ……。モンスターどもは水中までは入ってこられねえみたいだし、朝までこのまま粘るしかねえよ。明るくなったらさすがにいなくなるだろ……ゴポッ……」


「「「あ、朝までっ!? ゴポッ……」」」


「お、おい、あんまり驚くな。水を飲んじまうぞ。それと、いいか、絶対寝るなよ。こんなところで寝たら間違いなく溺れちまうからな……ふわああぁ――ゴポオォッ!?」




 ◆◆◆




 翌朝、点呼と朝食を済ませた僕は、依頼をこなすべく早速『鬼哭の森』へと向かっていた。


 やっぱり点呼に応じてくれない人がいたけど、それがあまり気にならないくらい昨日に比べると気分は大分よくなっていて、朝の空気が澄んでるのもあるのかむしろ清々しいほどだった。


「……」


《跳躍・大》のおかげであっという間に森の前まで到着したわけなんだけど、ここに立つとなんだか胸が締め付けられそうになる。


 すべてはこの場所から始まったといっても過言じゃないし、威圧感っていうよりも神々しさみたいなものを感じたんだ。森全体が生きていて、初心を忘れるなと僕に忠告してくれてるみたいだった。


 早速僕は『鬼哭の森』の中央にある湖を目指し、【混合】+《跳躍・大》+《裁縫・大》、【擦り抜け】、【鬼眼】+【維持】を使って縫うように跳び始める。


「おおっ……!」


 以前までは森に呑み込まれるような感覚のほうが強かったけど、今じゃ強力なスキルやテクニックのおかげで、逆に向かってくる木々を次々と切り裂いていくようなそんな爽快な気分で挑むことができた。


「……ん?」


 まもなくに気付かされる。


 僕が【擦り抜け】だけじゃなく【混合】+《跳躍・大》+《裁縫》を使ってるのは、間近に出てきたモンスターとの衝突を避けるためなんだけど、それが必要ないと思えるくらいまったく出現しないしその気配すらないんだ。


 モンスターが溢れてるはずの『鬼哭の森』で、こんなことは初めてのことだ。まさか、朝だからまだ寝てるとか――?


「「「「――うわあああぁぁぁっ!」」」」


「っ!?」


 な、なんだ、今の悲鳴は。急いで声がした方向に向かうと、大量のゴブリンやオークに追われるナセルたちの姿があった。うわあ……古城でもそうだったけど、今度はこんなところで無茶な数のモンスターを引き連れてまで稼ごうとしてたのか……。


『『『『『ガッ……!?』』』』』


 ナセルたちが白目を剥いて卒倒するところで、僕はまず【殺意の波動】でモンスター群をストップさせてやると、【ファイヤーフィスト】+【維持】でガンガン燃やしてやった。


『『『『『グオオオオオォォォッ!』』』』』


「……」


 うわっ……火の海になるんじゃないかって心配するくらいの火力だったけど、モンスターたちが灰と化しただけで、『鬼哭の森』自体不思議な力が宿ってるのか燃え広がることはなかった。よかった……。


「――カ、カイン……」


「あ……」


 全員気絶したと思ってたけど、ナセルだけはまだ話せる状態みたいだ。


「ナセル……あんなに大量のモンスターを引き連れたら危ないからダメだよ。わかった……?」


「……お、お……」


「お……?」


 ダメだ、結局失神しちゃった。何が言いたかったんだろう? まあどうせ貪欲なナセルのことだし、『おい、金をくれ』とかだろうから聞く必要もなさそうだけどね。


 というわけで、僕はまだ入り口近くということもあって、【亜人化】+熊の力によって彼らを森の外へ向かって投げ飛ばすと、【混合】+《裁縫・大》+《跳躍・大》によって、宙に縫い合わせつつ、最後は地面と縫合してやった。


 あ……距離がありすぎたのか途中で制御できなくなって落下しちゃったけど、あの程度の高さなら大丈夫のはず。なんせナセルたちはタフだし、これくらいはご愛敬ってことで許してほしい。


 さて、気を取り直して湖のほうへ向かうとしよう……。

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