74話 絶体絶命
「ク……クロードさん……」
僕の背後に現れたのは、兎耳の男――ミュリアの兄で第一王子のクロード――だった。
「カイン、今は悠長に話してる暇がないっ! さあこっちだ!」
「う、うんっ……!」
相手が相手なだけに正直ちょっとだけためらったけど、僕はクロードの背中を追いかけることにした。
所持品を取り戻せたとはいえ、スキルを積極的に使えない状況は変わらないわけで、大勢の兵士を相手にすることを想定したら一人より二人のほうがいいに決まってるし、何よりあのシュナイダーっていう仮面の男よりは話が通じそうだと思ったんだ。アルウにこのことを話したら怒られそうだけど――
「――ちっ、こっちはダメだ。カイン、向こうへ行くぞ」
「えっ……」
十字路の上のほうを走ってたらクロードが引き返して右の通路を走り始めた。まもなく複数の足音が後方から近づいてくる。
「――カインはどこだっ!?」
「絶対に捕まえろ!」
「命に代えても見つけ出せっ!」
「「……」」
すぐ近くまで兵士たちがやってきたけど、僕はとある場所でクロードと一緒に息を潜めていた。
「こっちはどうだ!?」
「「いませんっ!」」
「くっ、どこに逃げやがったあぁぁっ……!」
……よかった、兵士たちの慌ただしい足音が徐々に遠ざかっていく。
クロードの機転もあって、向かっていた方向とは違う方向の突き当たりにある一体の彫像の後ろに回ることで難を逃れることができた。さすが、第一王子なだけあって城の構造には詳しい。
「カイン、わかってるとは思うけどよ、やつらはほとんどがダリア一派だ」
「うん……」
「一部に俺の仲間もいるが、大体取り込まれてるといってもいいし、ここはやつらの巣だから至るところに罠を仕掛けられている。天窓から脱出したいところだが、そういうところには万が一に備えてとりもちが仕掛けられてる可能性が高い」
「確かに……」
一度やられてるだけに、クロードの言う通りだと思える。テクニックが使えることは相手もわかってるだろうしね……って、そんな罠だらけのところに、彼はどうやって来られたんだろう?
「クロードさんはどうやってここへ……?」
「まあ、俺についてくりゃわかる」
「あっ……」
ニヤリと笑って駆け出したクロードを僕は慌てて追いかける。さすが、兎の亜人なだけあってすばしっこくて、《跳躍・大》で追いかけてもすぐに離されてしまうほどだった。
「――って、クロードさん、こっちは行き止まり……!」
クロードが向かった先は袋小路で窓もない場所だった。まさか、こんなところまできて痛恨のミス……?
「おい、あそこだ!」
「こっちにいたぞっ!」
「捕まえろっ!」
「「「「「おおぉっ!」」」」」
「う、うわ……」
しかも後ろから兵士たちがぞろぞろとやってきて、逃げ場が完全になくなってしまった。
「クロードさん、こうなったらもう強行突破しか……」
「心配すんな。俺の手を握ってちょっと待ってろ」
「うん……えっ……?」
壁に刻まれた幾何学模様の前でクロードが何やらボソボソと呪文っぽい言葉を呟いたと思ったら、視界がガラリと変わっていくのがわかった。
「――こ、ここは……」
そこは四方の柱に幾何学模様のある場所で、周りには城の内壁だけでなく外壁や陽射しが注ぐ芝生や花壇が見えることから、どうやらあの牢獄から中庭っぽいところまで転送されたみたいだ。
「どうだ、カイン。心配するなって言っただろ? 王家の血筋のみに許された隠し効果ってやつよ」
「へえ……」
これでようやくここから脱出できる……そう思いながら彼と一緒に駆け出して、城門が見えてきたときだった。
「「「「「――そこまでだっ!」」」」」
「「なっ……!?」」
待ってましたとばかり、兵士たちが城門付近に一斉に雪崩れ込んできたかと思うと、そこから一人の男が口元に薄笑いを浮かべながら先頭に立った。
「「シュナイダー……」」
「ククッ……吾輩如きを覚えていてくださり、至極光栄であります、第一王子のクロード様……それに、ダリア様の忠実なしもべになる予定のカイン……」
胸に手を置いて恭しくひざまずく仮面の男シュナイダーの口調は、完全に勝利を確信したものだった。まさかここまで用意周到だったなんてね……。
「クロード様、ご存知かとは思いますがここではスキルの使用はできません。また、逃げようなどとお考えになられても、すべての逃げ道に兵士たちを配置しておりますゆえ、無駄であります……」
「……」
シュナイダーが得意げに語る間にも、じりじりと兵士たちがこっちに迫ってくるのがわかる。一体どうすればこの絶望的な状況を乗り越えられるんだ……。
「さあ、いかがなさいますか、クロード様? 現時点でその少年だけこちらに引き渡してもらえるのであれば、怪我もなく元の場所に帰還できることをお約束します。何せ、あなたはこの国の大事な大事な第一王子様ですから――」
「――ハッハッハ……アーッハッハッハッハ!」
な、なんだ……? 突然クロードが哄笑し始めて、兵士たちがビクッとした様子で歩みを止めるのがわかった。
「はて……何がおかしいのでしょうか、クロード様? もしや、恐れながら申し上げますが、気でも触れられたのでしょうか……」
「これが笑わずにはいられるかっての。確かに俺たちはスキルを使えない……だが、それはお前たちも同じだ! カイン、俺についてこい!」
「あっ……!」
クロードが大きく飛び跳ねたかと思うと、兵士の頭を踏んづけてさらに跳んだ。なるほど、兵士の頭ならとりもちとか罠に心配する必要もないわけか。早速僕も同じように《跳躍・大》クロードのあとを追いかけていく。
「ムウゥッ、無駄なあがきをっ……! お前たち、散れっ! やつらから離れるのだっ!」
「「「「「はっ……!」」」」」
シュナイダーの叫び声で兵士たちが道を開けていく。
「バカのシュナイダーめ、これで通りやすくなった! いいかっ、カインッ! 城門は閉まってるから近付いてきたタイミングで同時に大きく跳ぶぞっ!」
「うんっ!」
僕は少し速度を緩めたクロードと並ぶようにして疾走し、彼と手を繋いでからほぼ同時に跳ぶことに成功した。
「「――はっ……」」
城門の上にはとりもちらしきものが満遍なく塗られているのが見えた。し、しまった……。
「ち、ちくしょぉおぉっ! こんなところまで仕込んでやがったのかよおおぉっ!」
クロードの悔しそうな叫び声が僕の耳に響く。この高さじゃ飛び越えられるとは思えないしもうダメなのか…………って、そうだ、あれがあった。
「はああぁぁぁっ!」
「おおおおぉぉっ!?」
僕は城門の上に着地するときに宝珠の杖を突き出すようにして、そこからクロードと一緒にさらに大きく跳躍することができたのだった……。
「カ、カイン、お前凄すぎっ……!」
「へへっ……」
これも鍛えられたステータスやテクニック、怪力の腕輪等があってこそだ。どんどん城門が遠ざかっていくし、さすがにもうスキルを使えるだろうから、これでようやく一安心だね……。
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