73話 脆弱性
「……」
僕は牢獄の中で、ただうずくまることしかできなかった。だって、頼みのスキルが一つも使えないんだ。そんな絶望的すぎる状況じゃどうしようもないじゃないか……。
しかも、タイムリミットは徐々に迫ってきている。仮面の男シュナイダーが言う短い時間っていうのがどれくらいなのかはわからないけど、猶予はそこまでないってことはわかるし、そのときがきたら僕は最悪の決断を強いられることになってしまうんだ。
あくまでも自分の気持ちを優先する格好で拒否して、例の契約によって無理矢理従属関係にされてしまうのか、あるいはシュナイダーの考えに仕方なく同意する形でダリア一派の仲間になるのか……。
ふと、後者の選択肢を取ったあと、逃げるという手段が僕の頭に浮かんだわけなんだけど、ダメだ。それだと自分で自分を許せなくなってしまう。きっと相手もそれはわかってるんだろう……。
「――畜生……」
気が付けば僕は頭を抱えていた。両親からほとんど捨てられる格好で伯母の家に預けられて、そこでも酷い仕打ちを受ける地獄の日々の中で、押し入れの中に入ってよくこんな風にうずくまっていたのを思い出す。あのときと同じだ。どうすることもできない、心も体も行き止まりの膠着状態……。
『辛くなったときは心の片隅でいいからあたいのこと、思い出しておくれ、カイン……』
「リゼリアさん……」
あのリゼリアおばさんの優しい声が脳裏で再生される。そうだ、僕はあのときの気持ちを忘れずに未来のほうを向いて生きていかなきゃいけない。それを糧にしなきゃ、折角あの人のことを思い出すことができたのに無駄になってしまう。
「――あ……」
そう思って頭を上げたとき、僕は違和感を覚えた。視界の中で何かが一瞬光ったように見えたんだ。でも、ここは窓さえない薄暗い空間。そんなわけ――って、待てよ……?
そういえば、ソフィアと手合わせしたときに【鑑定士】スキルの
ってことは、このスキルが僕に教えてくれてるんだろうか? モンスターの弱点がわかるように、鉄格子の脆い部分を……。
「……」
ためらってる時間はもうない。僕は一瞬光ったように見えた部分を拳で何度も殴ってみる。痛いし怪力の腕輪もないけど、ステータスは取られるわけもないんだからいけるはず。頼む、壊れてくれ。時間がないんだ。早く……早くっ――!
――バキッ……!
「あっ……!」
折れてくれた……。よし、この隙間ならもうちょっと周囲を広げるように曲げるだけで抜けられそうだ。
「ぐぐっ……」
もう少し、もう少しだ……。メキメキという音にさえヒヤヒヤするけど、もうこうなった以上あとには引けない。ここが最後のチャンスだ……。
――ぬ、抜けたっ……! 僕は《跳躍・大》で向かいの通路に跳びつつ、壁に背をぴったりと預けるということを繰り返す。例の幾何学模様が至るところに見られるからスキルは積極的に使えそうにないけど、テクニックと【鑑定士】の受動的効果があるから大丈夫だ。
ただ、ここから抜け出すにしても取られたものを取り返さないと……ん、微かに、それも一瞬だったけど、十字方向に分岐した通路のうち、右の道の床が光るのがわかった。ってことは、この先に僕の所持品があるってことか――
「――大変だあああぁぁっ! カインが逃げたぞおおおおぉぉぉっ!」
「はっ……」
ま、まずい。僕が脱獄したことが早くもバレてしまった。こうなったら一刻も早くここから抜け出さなきゃ、スキルも使えない上に武器もない裸同然の状態だから多勢に無勢ですぐに捕まってしまう。
「すー、はー……」
落ち着こう、落ち着くんだ。こういう大変なときこそ、それが必要になるはず。僕は深呼吸を何度か繰り返すと、今までの経験が生きたっていうのもあるのかすぐに冷静さを取り戻すことができた。
――よし……じっくりと周囲を窺うと、あの扉が光るのがわかった。《跳躍・大》とともに、体当たりでドアを突き破って中に入る。
「おおっ……!」
そこにはルーズダガーやヴァリアントメイル等、僕の荷物が纏めて置かれていた。よしよし、全部ある。あとはここから逃げるだけ――
「――カインッ……!」
「はっ……!?」
背後から、聞き覚えのある声が僕の耳を突いた……。
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