63話 散り散り
「とりゃああぁぁっ! せいっ……うりゃああぁぁっ……!」
リーネの威勢のいい声が響き渡るたび、真っ白な息が零れ、勢いのある拳や切れ味鋭い蹴りによって、眼前にあった氷漬けのゴブリンたちが次々とバラバラになっていった。
「――はぁ、はぁぁっ……」
それからほどなくして、全身から湯気を立てながらその場にへたり込むリーネ。
(……や……やっぱり、冷凍室での低酸素トレーニングはこたえるのだあっ……。けど、ギルド長まで上り詰めたというカインどのに迷惑はかけられぬし、うちを誘拐しようとしたあのような輩どもに負けぬよう、さらに厳しい環境で体をガンガン鍛えねばっ……。今はっ、今だけは愛しいカインどののことは忘れて――!)
「――リーネ、いないのー?」
「あっ……!」
聞き慣れた少年の声が耳に届いた途端、リーネが慌てた様子で外へ飛び出すと、ふらつきながらもとびきりの笑顔を作ってみせた。
「カ、カインどのぉっ、いらっしゃいませぇっ、なのだぁっ……!」
「あれ……リーネ、凄く青白い顔してるけど、大丈夫?」
「だっ、大丈夫なのだぁっ。こ、こんなの、ぜーんぜん平気だっ……!」
「そっかっ。じゃあ、これ売りたいんだけど……」
カインが手元に出してみせたのは、爬虫類のような尻尾を始めとする肉片の数々だった。
「お、おぉっ……これはリザードマンのものかっ。鶏肉に似ていて変質しやすい肉なのだが、相変わらずカインどのが持ってくる肉は新鮮なものばかりなのだぁっ。んー……金貨20枚でどうだっ……?」
「えっ……そ、そんなにいいのっ? ありがとう、リーネ!」
「いえいえなのだっ。そうだ、よかったらカインどの、中で紅茶でも――」
「――あ、ごめんっ、今急いでるからこの辺でっ……!」
「あっ……」
お金を渡したあと、黄昏に染まりながらあっという間に遠ざかっていく少年の背中を見つめながら呆然とするリーネ。
(こ……このままじゃカインどのとの距離が離れていくばかりな気がするのだ……。こ、こうなったら……!)
まもなく彼女は何かを決意したような、至って真剣な表情を浮かべてみせるのであった……。
◆◆◆
「いらっしゃいませ~……あっ!」
ミュリアの驚いた顔に合わせるかのように、片方の兎耳がぴくりと跳ねる。夕陽で赤く染まった武具屋の前で掃除をしていた彼女の前に突如現れたのは、一人の若い常連客だった。
「カイン君っ……! ギルド長になったんだって……?」
「あ、うん……といっても、あくまでもギルド長様の代理なんだけどねっ」
「それでも凄いよ~。あ、今日は何をしにきたの?」
「えっと、これを売りたくて――」
「――わあっ……」
少年が手元に出してきたのは数多くの武具の破片であり、その中には宝石で彩られた王冠もあった。
「いいね~。特にこれとか可愛いっ……」
ミュリアが王冠を被ってみせると、少年の顔にいかにも苦そうな笑みが浮かぶ。
「あはは……」
「どう? カイン君、ボクに似合うと思う~?」
「う、うーん、似合うかも……?」
「わーいっ! よかったぁっ」
ぴょんぴょんと軽く飛び跳ねるミュリアのジャンプ力は、店の天井に王冠が届きそうになるほどのものだった。
「でも、やっぱりミュリアには王冠より兎耳のほうが似合うかな……」
「へ~、そうなんだぁ……あ、お金渡すね~。金貨15枚に、銀貨70枚ねっ」
「こんなにっ……ありがとー!」
「いえいえ~。それよりカイン君、大分お金貯まったんじゃ……?」
「うん。今あることのために貯めてるんだけど、見たら使いたくなるだろうし普段は見ないようにしてるんだ」
「へ~……」
「――あ、僕そろそろ行かなきゃいけないから、またっ……!」
少年がその場を立ち去ろうとした瞬間だった。背中にミュリアが抱き付き、長閑な空気から一転してその場に張り詰めたような空気が流れる。
「ミュ、ミュリア……?」
「カイン君……ボクのこと好き……?」
「え、え、えっと……す、好きではあるけど――」
「――ボクもカイン君のこと、好きだよ……?」
「……えっ……」
「ふふっ……好き同士、ここでちゅーしちゃおうか?」
「……う……」
妖艶な笑顔で上目遣いになるミュリアに、少年が吸い寄せられるように顔を近付けるも、唇が触れ合う寸前で彼は我に返った様子で彼女を押し出した。
「カイン君……?」
「い、急がないとっ。ごめんっ……!」
「も~……」
カインがあっという間にその場から姿を消し、ミュリアが頬を膨らませていかにも不満そうに振り返ると、そこにはお揃いの兎耳を持つ兄のクロードが立っていて、ニヤッとした笑みを浮かべるところであった。
「お兄ちゃん、正々堂々と勝負するって言ったでしょ~……」
「ん、俺は別に何もしてないぜ……?」
「嘘ばっかり~」
「ミュリア……確かにお前ほど魅力的なやつはいないと思うけどな、カインの心には既に誰かがいるかもしれないんだぞ……?」
「そんなわけないよ~……。でも、もしそのときは……ボクが正しい方向に導いてあげるだけだよ、カイン君を……」
終始穏やかな物腰だったミュリアの目の奥が怪しく光った。
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