61話 手紙


「ふんふんふんっ……らんらんらんっ……」


 冒険者ギルドのカウンター奥にて、鼻歌交じりに棚の整理をする受付嬢のエリス。


「――エリスったら、やたらとはりきってるじゃない……」


「あ……サラ……」


 そこに突然のように現れたのはエリスの同僚のサラであり、なんとも悪戯な笑顔を作ってみせるのだった。


「も、もうっ。驚かせないでよ……」


「だってぇ、羨ましいじゃん。いいなぁ、エリスはモテモテでっ」


「え、なんのこと――?」


「――しらばっくれちゃってぇ。エリスが新しいギルド長様とできてるって噂になってるよぉ……? あとねぇ、はいこれっ」


「そ、そんな……って、これは……?」


 困惑した表情のエリスがサラから受け取ったのはだった。


「なんだかすっごく素敵な感じの人からね、エリスさんにこれを渡してほしいって頼まれたんだぁ。はー、いいなあっ。あたしもいつかはモテクイーンになりたいぃっ」


「サラ……」


「うふふっ。そんなに困った顔しないのっ。幸運が逃げちゃうよっ? それじゃぁ、まったねぇー!」


 サラがそそくさと立ち去ったのち、エリスが手紙のほうに視線を落とす。


(わ、私はカイン様一筋だから……でも、一応見ないと失礼よね……?)


「……」


 周りに誰もいないことを念入りに確認したあと、エリスは手紙を読み始めた。


『受付嬢のエリス……あなたのような美しい女性を吾輩は未だかつて見たことがなく、一目惚れという感覚を産まれて初めて味わうこととなった。もしよければ、この手紙をあなたの同僚から受け取り次第、近くの路地裏のほうへと来てはもらえないだろうか?』


(……ふふっ。産まれて初めての一目惚れのくせに私のほうからわざわざ来させるのね。この時点でもう冷やかしなのは確定なんだけど、このいかにも慣れた感じの書き方、なんだか妙に気になるっていうか――)


「――っ……!」


 はっとした顔で手紙を落とすエリス。まもなく彼女は棚に収まっている書類の幾つかを、至って真剣な表情で読み漁り始めるのであった……。




 ◆◆◆




 冒険者ギルドの近くにある路地裏では、仮面の男を含む四人の男たちが待機していた。


「シュナイダー様、例のエリスってやつは本当にここに来やすかねえ? その格好だと警戒されちゃうような……いや、一部の女には刺さるかもしれねえっすけど……」


「確かに、いくらシュナイダー様が魅力のあるお方だとはいっても、不気味……いえ、相手はカインにぞっこんなわけなんでしょ?」


「そうそう。それにシュナイダー様は凄く異様というか……し、失礼っ、強引に連れ去ったほうがまだ可能性があるんじゃ?」


「ククッ……お前たちは何もわかっていないな……?」


「「「えぇっ……?」」」


「吾輩はあえて普段から怪しまれるよう、胡散臭い空気を纏うようにしているのだ。それにより、あの手紙を読んだエリスはこう思うだろう。これは怪しい、何か裏があるんじゃないか、カイン様と周りの者たちに被害が出る前に自分がなんとかしよう、と……」


「「「なるほどっ……!」」」


「ほら、早速おいでなすったようだぞ」


「「「あっ……」」」


 まもなく彼らの前に、一人のとても長い髪の女性が現れる。


「なんのご用件でしょうか」


「ククッ……よく来た……お前は受付嬢のエリスだな? あの手紙を読んだのだろう?」


「はい、読ませていただきました。私をここへ釣り出すための偽りのラブレターを」


「ほほぉ、受付嬢なだけあって実に聡明なことだ。気に入った――」


「――あなたは以前、カイン様に殺害された振りをした方ですよね……? 依頼書の筆跡とか色々念入りに調べさせてもらいました。また何を企んでおられるかは知りませんが、無駄だとここではっきり申し上げておきます……」


「そうか。そこまで知っているなら話が早い。この娘を捕えよっ!」


「「「はっ……!」」」


「無駄ですっ! はぁぁっ……!」


 エリスに向かって男たちが飛び掛かるも、彼らはほぼ一瞬にしてしなやかな動きでことごとく避けられた上、揃って急所に打撃を当てられ折り重なるようにして倒れた。


「……ほぉ、この異常な強さ……貴様、さてはただの受付嬢ではないな……?」


「いえ、私はただの受付嬢ですよ……? ただ……自分が何者かにさらわれてしまう等、カイン様にご迷惑がかからないよう、普段から鍛えているというだけのことです。それでは失礼いたします」


「……フッ。なのに吾輩には手を出さぬということは、どうやらそれに関する情報も入っているようだな?」


「ええ、情報を集めるのは得意ですので――」


「――先程の素晴らしい動きで下着が見えていたぞ? 確か、純白であったな?」


「……はあ。よかったですね。私の機嫌が悪かったら、あなたが【死んだ振り】をしたのち、起きるまでしつこくお待ちした上で肋骨の一つでも折らせてもらっていたかと……」


「……」


 微動だにせず、エリスの遠ざかる背中を見つめる仮面の男シュナイダー。だが、失敗したことに対して彼が動揺する気配は一切見られず、むしろ余裕の色すら浮かんでいた。


(食えない女だ……ククッ。さて、またほかを当たるとするか……)

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