7話 棘


 名前:カイン

 レベル:12

 年齢:16歳

 種族:人間

 性別:男

 冒険者ランク:C級


 装備:

 ルーズダガー

 ヴァリアントメイル


 スキル:

【削除&復元】

【鑑定士】

【ストーンアロー】


 テクニック:

《跳躍・小》


 ダストボックス:

 頭痛11

 疲労24

 眠気8

 空腹3


 あれからほんの数日で、僕はレベルを8から12に上げただけじゃなく、F級からC級まで冒険者ランクを一気に昇格させていた。新スキルの【ストーンアロー】がかなり強くて、『跳躍・小』で追い立てた兎の群れを一掃できるほどだった。


 眠らずに頑張った結果だからダストボックスには頭痛や疲労が溜まる一方だけど、危ないときにモンスターに使って危機を回避したり、モンスターの横取りとか迷惑行為をしてくる冒険者に浴びせたりもできるから便利なんだ。


 あと、全財産を使って高級な武具も揃えることができた。どっちも店主ミュリアからのお勧め商品で、中古の品で傷んでたけど損傷や錆びを削除したから持ち金の倍以上かかる新品同様だ。


 ルーズダガーは見た目は普通の短剣とあまり変わらないけど、敵のテクニックの精度が落ちたりスキルが発動するまでの時間が上昇したりする効果があるから、【削除&復元】スキルを持つ僕にはうってつけの武器だ。


 ヴァリアントメイルは特殊な素材で作られた鎧で、軽くて丈夫なだけじゃなく使う人の体型によってその効果が変化するんだ。大柄だったら柔軟になってスピードが上がり、自分みたいな小柄なタイプが装着すると逆に頑丈になり、体力が上がる。これを着て窮屈になるわけでもないし、『跳躍・小』もあるからいいとこ取りな格好ってわけだ。


「あの……カイン様、ですよね? 最近凄く活躍されておられるみたいですねっ」


「あ、ど、どうも……!」


 いつものように依頼を受けようとしたら、腰まであるロングヘアの少女――受付嬢のエリスさん――に褒められちゃった。しかも名前まで覚えられちゃってるし!


「依頼を今までにないスピードで次々と達成してるとんでもない新人が現れたとかで、ギルド中で話題になってるみたいですよ?」


「そうなんだ……でも僕なんてまだまだだよ」


「ふふっ、まだまだだと思うなら伸びしろも充分ってことですよね。あなたの仲間たちも鼻高々だと思います。これからもカイン様のこと、応援させてもらいますね!」


「あ、ありがとう、エリスさん!」


 もう仲間なんていないんだけど、それを告げちゃうと自虐風自慢に聞こえるかもしれないのであえて言わないことにした。


 周囲から棘のある視線を感じるのも当然の話で、エリスさんは受付嬢の中でも特に色っぽくて、冒険者の間で一番人気のある子だからだ。元々やる気はあったけど、さらにアップしたような気がする。僕も現金さんだなあ。


 さて、この勢いで今日もさっさと依頼を片付けちゃおう――


「――なぁ、ちょっといいか」


「えっ……」


 威嚇するような低い声がして振り返ると、髪を逆立てたガタイのいい冒険者が僕に顔を近付けてきた。思い切り凄まれてるし、どう見ても僕によからぬ感情を抱いてそうだ。


「お前、最近よく見るけどよ、随分羽振りがいいみたいじゃねえか。儲かってんなら俺にも少し分けてくれよ」


「いえ、そんなにあるわけじゃないですよ」


「あ……? お前、誰に向かってそんな口聞いてんだコラァッ!」


「なんだなんだ?」


「どうした」


「喧嘩か? やれやれ!」


 不穏な空気を感じ取ったのか、ほかの冒険者たちが続々と集まってきた。


「喧嘩するならやってもいいがよ、この俺がお前みたいなガキに負けるわけねえだろうが。ボコボコにしてやるからかかってこいよ。ちょっと注目されてるからっていい気になりやがって……。あっという間にぶっ殺してやるぜ」


 ど、どうしようか……。ここでもしこの男に挑発に乗ってしまえば、勝っても負けても喧嘩両成敗で僕まで処分されるはず。


 ギルド内での喧嘩はご法度で、下手すれば除名処分なんだ。ここをどう乗り越えれば……って、そうだ、疲労とか頭痛をプレゼントしたら戦闘を回避できる――


「――なんとか言えよ、雑魚。死ぬのが怖いのか? まあお前みてえなゴミは今すぐ死んでも誰も悲しまねえだろうな、親でさえも」


「……」


 でもそれだけじゃ収まりがつかない。ここまで好き放題言ってくれたんだ。よっぽど削除されたいらしいし、どんなスキルを持ってるか【鑑定士】スキルで調べてやる……。


 名前:ギラン

 レベル:15

 年齢:26

 種族:人間

 性別:男

 冒険者ランク:C級


 装備:

 アイアンナックル

 レザーベスト

 棘の肩当て

 

 スキル:

【武闘家】


 テクニック:

『盗み・小』


 なんていうか、色々と想像通りの男だ。それまでの言動、テクニックを見てもわかるようにならず者がそのまま冒険者になったって感じだね。さあ、こっちも負けじと挑発してやろう。わざわざ向こうから顔を近付けてきてるから周りに気付かれずにやりやすい。


「そっちからかかってきてよ。僕も負ける気がしないから」


「……何?」


 この男、見る見る顔を真っ赤にしてる。僕が挑発したのがよっぽど効いたみたいだ。


「じょ……上等だコラアアアアッ!」


「よっと……」


 男が飛び掛かってくるところを、『跳躍・小』でかわす。正直ゴブリンの攻撃を避けるよりも余裕があった。


「ちっ、すばしっこいガキだ! 捕まえて捻り潰してやるうぅぅ!」


 僕は相手が近付いてきたタイミングで逆方向に跳ぶという行為を繰り返すだけでよかった。多分これ、まだ【武闘家】スキルを使ってない状態なんだと思う。


 確か、体力の消耗が激しくなる代わりに接近戦での回避率や命中率といった戦闘能力が大幅に向上する効果だから温存してるのかもね。よし、疲労をちょっとプレゼントしてスキルを使う決断を早まらせてあげよう。


「はぁ、はぁ……みょ、妙だな、やたらと疲れてきやがった。もういい。とっとと終わらせてやる」


 お、相手の足元に魔法陣が浮かんできた。ルーズダガーのおかげか、魔法陣の回転するスピードがゆっくりなので助かる。


「ズタズタにしてやる――って、あれ……?」


 男の動きはそれまでとまったく変わらなかった。むしろ疲労のせいで悪くなったんじゃないかって思うくらいだ。僕が【武闘家】スキルを削除したのが効いてるね。


「な、なんかしやがったな、てめえ……」


 やっぱりそう思うしかないよね。僕は意味ありげにニヤリと笑ってみせる。これは男にをさせるためだ。


「実はね、この武器であなたのスキルを封じたんだ。そういう効果があるから」


「な、何っ……!?」


 男の目が驚きで見開かれるけど、片方の口角がほんの少しだけ吊り上がったことを僕は見逃さなかった。この武器さえ奪えればって、そう確信したに違いない。


「これで僕の勝ちだっ」


 ボソッと呟いて油断した素振りを見せてやると、男は千載一遇のチャンスと見たのか猛然と向かってきた。多分、これは避けられることが前提の体当たりで目的は別にある。見える、見えるぞ。ゆっくりだけど巧みな、僕の武器を盗もうとする動きが……。


「いただき――あっ……?」


 男の言葉とは裏腹に、ルーズダガーは奪われずに済んだ。そりゃそうだよね。相手の手が伸びてきたところで『盗み・小』を削除したんだから。


 さて、スキルとテクニックを削除したしもう用はない。僕はダストボックスに収納されたありったけの頭痛、疲労、眠気、空腹を男の元で復元させてやった。


「ぎっ!? な、なんだよ、いてえしきちいし、もう戦えねえよおぉっ……!」


 ストレスに弱いのか、それだけでうずくまっちゃった。手応えがないなあ。いつの間にか四方を埋め尽くしてた野次馬たちから歓声が上がって、そっちのほうがびっくりしたくらいだ。


「お、おい、あいつ勝手に苦しみ始めたぞ!?」


「逃げる子供を一方的に追い回しといてかっこわりい」


「今のうちに誰か捕まえとけよ」


「ギルド長様に報告しときましょ!」


「ぢ……ぢくしょう……これで俺も終わりだ……。お、おおっ、覚えてやがれぇぇ、クソガキ。この恨み、絶対に晴らしてやるからなあぁぁ……」


「……」


 ギルドから出ようとした僕の背中に男の恨めしげな言葉が届く。この人、痛みには弱いけど執念深そうだし、少しは気をつけたほうがいいのかもね……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る