ひまわり畑

紫鳥コウ

ひまわり畑

 たくさんの向日葵ひまわりが一本の道を作っている。


 康介は、気がついたらなぜか、その道にいた。

 前の方へと進んでいくべきなのか、後ろの方へと歩いていくべきなのか、まったく分からない。


 この向日葵の道の先になにがあるのかも、てんで見当がつかない。


 いっそのこと、寄り集まって咲く向日葵のなかへ飛びこんでしまおうか。

 芯のしっかりとした枝葉しよううように、数匹の蜂が飛んでいる。


 とてもではないが、向日葵を分け入ってここから出ることなど、できない。

 なにより、この向日葵畑がどれくらいの大きさなのか、想像すらできない。


 康介の背丈では、蒼空高くひかり輝く陽へとおもてを誇る向日葵のかおを追い越して、畑一面の様子を見ることはかなわない。


 ゆるやかな温かい風が吹いた。

 優しく康介の肌をなでる。


 康介の服装は、青色のTシャツとベージュ色の半ズボンだった。そして白色のスニーカーを履いていた。泥のついた。そして、麦わら帽子もかぶっていた。


 康介は、おそろしい気持ちにはまったくならなかった。

 むしろわくわくとした気分でいた。


 地面に落ちていた細い木の枝を、地面に立てた。

 そして、その枝が倒れた方へと歩き出した。


 おだやかな風がうしろの方から吹いてきた。

 

 そっちの方向に進むのが正解だよ、と教えてくれているようだった。


 どんどん歩いているうちに、陽もだんだん傾いてきた。

 あのきらめいていた蒼空は、夕焼けに覆われていった。


 このまま太陽と月が入れ替わっても、なんてことはない。

 康介はなぜか、いまは、夜をおそれることはなかった。


 石を蹴飛ばして、飛んでいったところまで着くと、また蹴飛ばして……そんなことを繰り返している。


 そうしているうちに、小さな家が見えてきた。


 康介はなぜか、走りだした。


 それは、白色のペンキで塗られた、木造の、小さな別荘のようなものだった。

 しかし、ところどころ塗装がはがれて、ごげ茶色の下地が見えている。


 地面に傾いてささっている鮮明な水色の郵便ポストは、正面の蓋がとれていて、もう使い物になっていなかった。


 向日葵畑はどんどんやみに沈んでいった。

 そしてこの家屋にも、夜空の陰が落とされていった。


 玄関にはブザーがあった。

 康介は背伸びをしてそれを押してみた。


 両肩に背負っている夜から逃げたかったのだ。


 すると、鈍くて小さな音が、静寂の向日葵畑に、一瞬だけ響いた。


 なんの返事もない。

 

 玄関のドアを押してみると、鍵はかかっていなかった。

 康介は、おそるおそる中へと入っていった。


 すると――「バン!」と心臓が飛び出るかと思うほどの音がして、いっせいに電気がともった。


 そこは、康介の知っている部屋だった。


 いたるところにボトルシップが飾られている。釣り道具が立てかけられてある。大型船のいかりのレプリカが上から吊されている。船艦のイラストが描かれたカレンダーが引っかけられている。8月。――


   ×  ×  ×


「コウちゃんは、寝てしまったねえ」

「念仏が退屈だったんでしょうね」


「このまま寝かしてあげようかしら」

「そうですね。私は蒲団を敷いてきます。おばあさんは線香を消しといてくれますか……」

「はいよ。――次は五回忌……今度こそコウちゃんが起きているといいねえ」


 月明かりが障子紙をよりいっそう白ませている。


 おばあさんは火事にならないようにと、線香の上半分を折っていった。


 その後ろでは、分厚い紫色の座布団に頭を乗せて、康介がすやすやと眠っている。



 目の端を潤ませながら。……

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ひまわり畑 紫鳥コウ @Smilitary

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