第13話

 日本に帰る事に決めたものの、なんとしても心残りだ。念の為と思って最後に「あの場所」に行ってみた。しばらく生垣の縁に腰掛けながら、則麗は1964年に戻ってどうしているんだろうかと考えていた。


 私が行けないのなら、則麗がこちらに戻って来てくれると嬉しいが、「心臓」に響くといけないから戻るべきではないし、戻らない方が彼女の為だ。


 則麗の顔を思い浮かべると、則子の顔が浮かんでくる。矢張りそっくりなのだ。服装や髪型が違うので若干印象が違うのだが……。


 その時、突然強烈に眩しい閃光が走ったので目をつぶったが、直ぐに目を開けると、なんと目の前に則麗が片手、片膝を地面について今にも倒れそうにしているではないか!


「則麗!」と、言いながら抱き上げた。


「あー!ケン!やっと戻れたわ。私だけ1964年に戻っちゃったの。薬を飲もうと思って手を離してしまったからかな」


 則麗は今度こそ離さないと言わんばかりに思い切り抱きついて来た。私も決して離さない様にしっかりと抱き締めた。


「良かったー!僕も毎日ここに来て、則麗を追いかけて行こうとしていたけどダメだったんだ。で、仕方がないので明日、日本に帰ろうと思っていたところなんだよ」


「私は心臓の問題も有ったから、始めは諦めて1964年に1人で残ろうと思っていたの。でも……。でも、この先あなた無しで生きていくのは辛すぎるって思った。またひと目だけでも良いから会えるのなら死んでしまっても良いと思って。神様が許してくれたのね!ひと目だけ……」


 そこまで言うと則麗は胸に手を当てて苦しそうに喘いだ。


「大丈夫か?今直ぐに病院に行こう」


「そうね。アドベンティスト病院の心臓センターにお願い。そこへの紹介状を持っているの。


 慌てて救急車を呼んで病院に行った。「時空移動」の往復で心臓に無理がかかったのだろう。病院に着いて直ぐにICU(集中治療室)に入れられ、私は外で待機させられた。

 居ても立っても居られず、体が震えて止まらなかった。


 暫くすると看護師がICUから出て来て、中に入る様に言われた。心配しながら入って行くと、則麗が目を開けてこちらを見て微笑んだ。


「矢張り心臓が持ちそうにないみたいね。あなたとずっと一緒にいられなくて残念だけど、こうしてひと目だけでも会えて良かったわ。後悔していないわ。愛している。一応手術はするけどとても難しいらしいの。取り敢えずお別れしておくわ。ありがとう」


 則麗は苦しそうに、途切れ途切れにそう言うと静かに目を閉じた。両目から溜まっていた涙がこぼれた。


 私は何と言って良いか分からず、うなずきながら、「愛している。また後で、頑張って」としか言えなかった。涙を見せまいと思っても止めどもなく涙が流れた。


 手術室に移ってから3、40分経った頃、医師が出て来た。医師の顔を見た瞬間、駄目だったと分かった。



 そう、この話は数年前に私が経験した話だ。今では夢だったのではと思うほどだが……。2度も愛する人を亡くしてしまうなんてと思ったりするが、一緒にいた時は物凄く幸せだった。その点大変に感謝している。


 私は、今は病院のベッドで明日をも知れない命だ。もう直ぐ彼女に会えると思うと楽しみだ。あれ?彼女って則子?則麗?


 彼女だよ、彼女!

 あれっ、同じ人じゃなかったっけ?

 どうやら看護師が先程点滴に入れた鎮痛剤のせいか、意識が混濁して来てしまった様だ。


「私は、あなたのノリコじゃ無いわよ」と言う声がどこからか聞こえて来た様な気がした……。

 でも、あれって則子じゃなかったのかな……?



For my wife


 














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そしてホンコン- 1964年の香港にタイムスリップしたら妻⁉︎が…… 高円寺実 @koenji

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