第12話

 則麗は暫く横になってウトウトとしていたが、半刻ほどして目を覚まし、


「ねえ、あなたと2人で1964年に戻ればズーッと一緒にいる事が出来るわね」


と、冗談めかして言った。


「本当だね!渡船街の「あの場所」に2人で行けば……。


 私と則麗はしばらくの間お互い何も言わずに見つめ合っていた。則麗は始めこそ冗談めかした言い方をして微笑んでいたが、段々顔が真剣になって来た。


「このまま則麗と別れたくないしズッと一緒にいるには……。でもそれが許されるのか、2人にとってそうする事が良い事なのかわからない。でも……」


「私もわからないわ。けど、あなたとはもう別れたくない」


 夕方になるまで、則麗も私も寡黙だった。則麗も頭の中で色々とあれこれシュミレーションしているふうであった。


 結局私は腹を決めた。1964年の香港に戻ってどう生活するのか不安は有ったが、それ以上に則麗と別れ難かった。


「僕は1964年に行きたいと思っている。どうなってしまうのか不安だけど」


「ありがとう。戻ってから何が待ち受けているか分からないけど、あなたとなら何でも乗り越えられる気がするわ。


 則麗は嬉しそうに顔を明るくした。


 善は急げと2人で荷物をまとめて渡船街の「あの場所」に行った。時刻は丁度私が1964年にタイムスリップした夕刻だ。


「後悔しないかい?」


「うん、こうしなかったらもっと後悔すると思うわ」


 則麗の手をしっかりと握り、生垣の前に立った。


 しばらく何も起こらず、そうこうしているうちに則麗が胸を押さえた。


 やばい……


「発作?」


「ううん。大丈夫」


「病院に行こうか?」


「いや、薬を飲むから」


 則麗がそう言って手を離した時だ。

 眩しく強い光がピカッと輝いた瞬間クラッとしたので目を瞑り、あれっと思って目を開けた。あまりに強い光りだったので目を開けても直ぐには何も見えなかったが、徐々に見えて来た。


 え?則麗の姿が無い!


 直ぐ目の前にいたのに。


 どこに行ったんだろう……。


 ちょっと待てよ。


 景色が変わっていない。高速道路が頭上を走っているし、高層マンションの入り口だ。てことは、タイムスリップしていないと言う事だ。


 じゃあ則麗はどこに行ったんだろう。


 え? 


 え?


 則麗だけ行っちゃった?手を離したからか?


 それから暫くその辺りにいたが何も起こらなかった。

 私はあきらめきれずに、1週間ほど毎日同じ時間にその場に居たがダメだった。


 どうなっちゃったんだ……!


 則麗は1964年に戻ってしまったんだろうか?

 1人で戻ってどうしているんだろうか?

 則麗がこちらに戻ってくる事が出来たとしても心臓が悪いのでそれはそれで危険だし……。


 何とも困った事になった。このまま生き別れになってしまう。とは言っても私はずっと香港にいる訳には行かない。

 結局のところ、後ろ髪を引かれるが、私は諦めて日本に帰る事にした。








 




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