第11話

 次の朝遅く目が覚めた。

 体が重く頭が痛い。昨夜遅くまで則麗と積もる話しをしていたからだ。私の方は積もる話と言ってもほんの数日間の出来事なので殆ど無いが、則麗の方は私と別れてからの55年間の話でまだまだ語り尽くせない様子だった。


 あれ?則麗はどこだろう。隣りに寝ていたのに。トイレにはいないし、シャワーを浴びているわけでも無い。そうか朝食を買いに外に行ったんだ。


 そう言えば、妻の「則子」の夢を見た様な気がする。隣に寝ていた夢だ。則麗が隣に寝ていたので則子がいた様な気がしてそんな夢を見たんだろう。


 なかなか則麗は帰って来ず、携帯に電話をしても、電源が入っていないと言うメッセージが流れるだけだ。どうしてしまったのかだんだん心配になって来た。


 所が、昼前にひょっこりと帰って来た。何か考え事をしている風情だ。


 お昼に則麗が買って来た中華饅頭を民宿の部屋で食べていると、「海を見ながら色々と考えたわ」と則麗が話し始めた。


「これまであなたに会う事しか考えていなかったの。会ってからどうするって全く考えていなかったわ。昨日も話したけど、あなたにとっては一瞬だったみたいだけど、私は55年ズーッとあなたに会いたいと思っていたわ。


 時々、あなたに会えなくてとても辛い気持ちになる時が有ってね。そんな時息子のケンを見ると落ち着いたわ。ケンは小さい頃から私が寂しそうな様子をしていると、必ずハグしてくれたの。まるで私の考えが分かっているかの様でドキッとすることがあったわ。


 夫のダイジロウの事はもちろん愛していたわ。

あ、ダイジロウって亡くなった夫ね。あなたの事を思ったりした時、心の底でダイジロウに対して少し罪悪感を覚えることが有ったわ。でも、そんなに悩みと言うほどでは無かったけどね。


 あなたにはノリコがいて、あなたにとっては私はノリコだったのよね。分かっていたわ。

でもそれでも良かったし今でも良いと思っているわ。でも最後は私を愛してくれていたと思っているわ。


 私は、あなたに本当に一目惚れだったの。まるでアッパーカットを食らったみたいにガツンと来てそのまんま今に至るの」


 則麗は、やや苦しそうに胸を押さえた。


 「実は私、心臓に問題を抱えているの。今回香港に来るのを医者に止められたんだけど、55年目のチャンスを逃す訳には行かなくて。でも、何かあった時の為にこちらの病院に紹介状を書いてもらっているのよ」


 驚いたが、この時点で私はそれほど深刻に考えていなかった。


「こうしてやっとあなたと再会出来たので、思い残す事は無いけど、矢張り離れたくないわ。私が元気なら日本に付いて行きたかった……」


 則麗はまた胸を押さえた。

 私がそんなに悪いのかと聞くと、今度大きな発作が起きたらそれが最後だと医者に言われているそうだ。


 今少しでも痛みが有るなら病院に行くべきだと言うと、則麗はこうしてあなたと一緒にいるのが1番の薬よ、と言いながらベッドに横になった。










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