第9話

 昨日は遠出して疲れたのか朝はゆっくり起きた。

 則麗は大学の授業があるし、勉強をしないといけないので今日は会えないとの事だ。親に外出しすぎと注意されてしまった様だ。


 当然と言えば当然だ。ただ私にとっては、命綱が切れてしまった様な気がして焦りが再びふつふつと湧いてきた。日本の領事館に言ってみようかと思っているが、なんて言っていいかわからない。


 このまま則麗とズーッと一緒にいたいと言う気持ちは強く有るが、それはあまりにも現実離れしている。私はこの時代の人間では無い。体も気持ちも若々しいとは言え、記憶は全て76歳のままだ。かと言ってこのまま則麗と別れてしまうのは残念過ぎる。


 昼食後そんな事を考えながら、当てもなくふらふらと歩いていると、何とこの時代にタイムスリップ(?)して来た時の渡船街の商店の前に来てしまっていた。


 あっ!戻れるかも……。暫くそこに佇んでいたが何も起こらなかった。がっかりした気持ちとホッとした気持ちが交錯し、なんとも言えない気持ちでいると、クラっときた。


 アッと思いながら、一瞬目を閉じると瞼越しに閃光が走った。直ぐに目を開けたのだが、どうも深い気絶状態から目覚めた様な感覚がした。辺りはぼんやりとしていた。少しずつ焦点は合ってきたので見回すと、頭上には高速道路が走っていて、高層ビルの谷間の様な所だ。


 何だか夢を見ている様だ。先ほど有った雑貨屋みたいな商店は何処に行ったんだろう。大分頭がはっきりして来た。少し目の奥が痛い。高層ビルの入り口近くの生垣だ。そうここだ。思い出した。1964年に「タイムスリップ」した所だ。


 あっ!2019年に戻ったのかな?


 腕時計を見たが無い。そうだ質屋に入れたんだった。そうか戻ったんだ。あー、戻れたんだ……。


 新聞を買って確かめよう。ちょっと待てよ。もし戻ったと言うことであれば、則麗とは会えないんだ。そう思ったら胸が痛んだ。


 則麗に会った時は夕方7時過ぎごろだった。今は真昼間の様だ。


 え?これって夢?1964年にいて2019年に戻ったと言う夢を見ている?


 スマホを出してオンにしたが電池切れだ。ともかく新聞を買おうと思い東に向かって歩いて行くとセブンイレブンが有った。China Daily を買って日付を見ると2019年10月15日だった。時間はどうやら昼過ぎの様だ。


 えーと、確か則麗の時代にタイムスリップしたのがこちらの日付の2019年の10月月11日で、1964年では10月15日だった。と、言うことは時の歪みかなんかでプラス4日のズレがあった。そして今回1964年が10月19日で、2019年が10月15日と言う事は、行った時とは逆でマイナス4日で合っている。


 ん?もしかすると……。


 まさかね。


 もし則麗が、私が2019年からタイムスリップしたと言うのを覚えていて、私を助けた日付が10月15日だったと言うのも覚えていたら……。彼女には4日間のズレとか細かい話はしていない。


 まさかね。この時代まで生きているかも分からないし。私にとってはほんの一瞬の出来事だが、則麗にとっては55年も昔の話だ。覚えていると思うこと自体に無理がある。


 でも、ひょっとして私を助けてくれた「あの場所」に来てくれる?


 あまりにも希望的観測過ぎるよなー。あれは夕方7時過ぎ頃だった。そうだ万が一の為にあそこで待ってみるか。確かあれは「北海街」で、ネイサン通りから数十メートル入った辺りだった。


 ともかく元の時代に戻って来て本当にホッとした。それにしても夢の様な話だ。雲を掴む様なとはこの事を言うのだろう。


 宿泊していた民宿のマンションに行って宿泊を3日程延長した。民宿のオーナーは荷物を置いたまま何処に消えたかと思っていたらしい。次の予約が丁度入っていなかったのでそのまま延長出来た。


 宿泊の延長をしたのは、万が一則麗に会えるかもと言う淡い期待が有ったからだ。我ながら楽観的と思いつつ、一縷の望みに賭けてみようと思ったのだ。


 




 





















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