第6話

 「もし良かったら、この近くに映画館があるから、夕食まで時間があるから映画でも観ない?」


 ともかく私はいてもたってもいられない程焦っていたので、則麗の「映画でも」と言うのを聞いてガクッときた。こんな状況で映画なんてなんと悠長な事を言っているんだと思ったからだ。だが良く考えてみると「この場に及んで」焦っても仕方がない。映画でも観て落ち着こうと言う気持ちになった。則子と、いや則麗と一緒にいれば楽しいし。


「プリンセス・シアターと言ってこの辺りでは一番立派な劇場なのよ。今年の6月9日にこの劇場にあの「ビートルズ」が来て公演をやったの。その公演、運よく観に行けたのよl」

 

 則麗は興奮して首の辺りまで赤くしていた。


「で、実際は誰も椅子に座らず立ったまま大変な声援で歌はあまり聞こえず、前の方で二人ほどが気絶したりと、大変だったけど……。でも、ビートルズ素敵だったなー」

 思い出しながら則麗は体を熱くしている風だった。


 映画は「ZURU(日本題ズール戦争)」と言うイギリス映画で、則麗は準主役を演じた若き「マイケル・ケイン」が、いたくお気に入りであった。劇場はイギリス風なのか、座席により入り口が別になっており、我々のは、Middle Stalls (中座)と言う席だった。


 映画を観ている間、フッと妻の則子が隣に座っているような気がして手を握ったら、手を握り返して来た。で、チラッと顔を見たら、則麗だったので、慌てて手を引っ込めようとしたらギュッと握って離さなかった。


 映画の後、福建炒麺と言う海鮮風でやや太麺の焼きそばを、庶民的な中華食堂みたいな所で食べた。


「今日はこれで帰るわ。明日は土曜日で学校は休みだから、午後1時半にまた今日と同じに善世大廈の前で会いましょう」


 則麗はそう言うと、返事も聞かず、さよならも無く、クルッと振り向いて帰って行った。

 私は呆気に取られて後ろ姿を見送った。何か機嫌を損ねる様な事を言ったんだろうかと自問したが思い当たらない。機嫌を損ねたら明日会おうと彼女の方から言ってこないだろう。自分がこの時代にいる事自体が狐につままれた様なのに、更に狐につまままれるなんて……。


 そう言えば、昨夜も別れ際はあまり愛想が無かった様な気がする。中国系の女性ってそう言う事があるのかな?日本人の様に別れ際に丁寧にいとまを乞う様な挨拶は無いのかもしれない。


 ホテルに戻ると、女が2、3人増えていた。先程の女達が口々に何か言って来た。何を言っているから分からなかったが、一応、部屋に呼ぶ気は無いよと言おうとすると、則麗の言う「上海出身」と思われるスラッとした女が、「あの女の人ってあなたの女なの?」と、比較的聞きやすい英語で聞いて来た。


「え?僕の女?」


 そう聞き返すと。


「そう、彼女ガールフレンドなの?もう帰っちゃったの?」


「そうだったら良いけど、違うんだ。彼女は、僕が困っている所を助けてくれた恩人なんだ」


「ふーん、こう言う所に素人の女が顔を出すと言う事は、この男私の物だから手を出さないでねって言う時よ。あなたがわざわざ連れて来た訳じゃないでしょう?」


「え?どう言う事か良くわかんないけど。彼女が僕の泊まっているところがどう言う所か見たいと言うので連れて来たんだけど」


「という事は、アンタにこう言う所で遊んで欲しくないって思っているってことよ。彼女はあなたがどう言う所に宿泊しているか、場所的に考えて想像がついてたはずよ。私の言っている事分かる?私の見た所、彼女はあなたに相当気があるってことよ。これであなたは彼女の手前私達と遊ぼうと言う気にならなくなったでしょう?それが彼女の狙いよ」


 なんだか良く分からなかったが、則麗が私に気があると聞いて嬉しかった。勿論真に受けたわけでは無いが。


 上海からの女はスージーと言った。他の女達に私との会話をいちいち通訳してあげていた。見た所、スージーはここの女達の中ではボス的存在の様であった。





 


 

















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