第3話



 大分混乱していたみたいで、こんな嘘みたいな話しを信じてくれる人なんかいるはずは無いが、なんか妻の則子なら2019年から来たと言っても分かってくれるような気がして話して見た。


「実は、2019年からどうやらタイム・スリップしたみたいなんだ」


「え?タイムスリップ? どう言う意味なの?あなた大丈夫?大分混乱が酷い様ね。で、2019年からやってきたって言うの?」


 彼女は、眉間に皺を寄せて私の顔をしげしげと見つめながら聞いた。


「うん」と、返事をしたものの、あ!やっぱりこんな話し信じられないよなと後悔し始めた矢先の事だ。


「そう、ごめんなさい。そんな馬鹿げた話に私付き合いきれないわ……」

 彼女は顔を赤らめ首を振りながら、怒った顔でそう言って立ち去ろうとした。怒った顔まで則子にそっくりだ。


「ちょっとすみません。ちょっと待って下さい。お願いします」

 私はそう言いながら、ジャケットの内ポケットからパスポートを取り出し、2019年の時代の物だと確認してから、私の生年月日と香港に入国した時のスタンプの日付けを見せた。


 彼女は、なんなのこれ日本のパスポートね、と言ってパスポートの写真と私を交互に見ながら、一言「分からない」と言って頭を抱え込んでしまった。それもその筈、パスポートの写真は老人だ。


 私もなんて言って良いか分からなかった。


「嘘にしてはこのパスポートよく出来ているわね。一体誰のパスポートなの?あなたは若いのにこの写真は老人よ。人を騙のも良い加減にして……ね」


 彼女は暫くパスポートを見ていたが、何か気付いたようにまた口を開いた。


「1943年生まれって事は、あなたの言う2019年時点で、あなたはもう、えーっと、76歳って事?この写真は確かにその位の年齢に見えるけど、あなたは見たところ私と同じぐらいの年にしか見えないわよ。とてもじゃ無いけど76なんかには見えないわ……。


 あ、そうか今は1964年だから、このパスポートが本物だとして1943年生まれと言う事は、私と同い年で20才ね。2019年から1964年に来たら若返ったって事ね?」


 彼女は、1人で計算して納得しようとしている様に見えた。


 私は、始め彼女が何を言っているのか理解出来なかった。どうやら私の見た目が20歳位と言っている様だ。まさか私が20歳に見えるなんて信じられなかった。


 カバンからスマホを出して自撮りして見たら昔の若い頃の顔だ!

 そうか、どうりでスボンがずり落ちそうになるし、ジャケットも心なしかゆるゆるの感じだ。確かに昔は痩せていた。


「ちょっと待って!その平べったいカメラ見たいのってなに、カメラ?」

 彼女がわたしがスマホで写真を撮ってそれを確認しているのを見て興味深そうに聞いた。


「うん、カメラと電話と電子的なテキスト・メッセージを送ったり、受け取ったり、百科事典みたいに色々な事を調べたり、買い物してその支払いが出来たりするんだよ。この時代とは通信網システムが違っているので今は写真を撮る事しか出来ないけどね」


「ふーん、チョット何言ってるのか分からないけど……、それにしても2019年からなんてまだ信じられないわ」


 彼女がそう言うので、今度はポケットから財布を取り出して運転免許証(当然彼女は漢字が読める)と日本円や香港ドルを見せた。


 彼女は20香港ドルの発行年月日を見てため息をついた。


「中国銀行(香港)有限公司 2004年12月12日発行かー」と、言いながら私の事を見つめながら続けた。


「これだけ証拠を見せられたら信じるしかないわね……。そうなんだ。行くところもないなら警察に行くしか無いけど、警察に行ったらどうなるかしらね。彼らも信じ難いでしょうから、留置場みたいな所に入れられて、何日も色々と調べられるんでしょうね」


 確かになにも悪い事をしている訳でも無いし、当てもないので警察に行くと言う案もあるが、留置場に留め置かれるのは嫌だし。


「でもホントに嘘みたいな話ね。私、夢見ているんじゃないかしら。で、2019年ではどこに泊まっていたの?」

 

「油麻地果物卸売り市場近くの高層アパートの35階に泊まっていたんだ」


「え?35階?あー2019年にはそんなに高い建物があるのね」

 彼女は、へー!と驚いた顔で聞いた。


「うん、その建物は40階建だけど、もっと高いビルディングはいっぱいあるよ」

 私は、何とはなしに得意気に言った。いかにも自分がこんなに進んだ時代から来たんだと得意になっている自分がおかしかった。


「そうなんだ。じゃあ泊まる所が必要ね」


「うん、でもこの時代のお金が無いから……。この近くに質屋ってある?」


「この辺りの質屋は知らないけど、私の家の近くに有るわ」と言って、ネイサン通りに出てバスに乗りふたつ目のバス停で降り、「この通りに私の家があるの」と言いながら、山林道(Hillwood Rd.)と言う通りに入った。


 倒れかかっているのか、5、6階建てのアパートを何本かの柱で斜めに支えている所を過ぎて少し行き「同發大押」と言う看板を掲げている質屋に入った。


 そこでローレックスの腕時計を、超新型モデルと言う触れ込みで換金した。質屋は今まで見たことのないモデルだし偽物だろうと言いつつ、結局買った時の値段と比べたら二束三文の金額にしかならなかったが、背に腹は変えられない。これで一週間やそこらは生きていけるだろう。身分証を見せろと言われたら困った事になると思ったが、幸いなにも言われなかった。


 彼女は私の話に半信半疑ながらも、ホテルを探すのを手伝おうといってくれた。だが、若い女性がうろウロウロするにはちょっと遅い時間と思われたし、家は直ぐその先のアパートと言う事なので帰ってもらう事にした。


 別れ際に、私はお礼を言っていなかったのに気づき、助けてくれてありがとう、とても助かった、もし良かったら名前を教えてくれないかと聞いた。


「いえ、気にしないで!たまたま目の前でよろけたので。私の名前?名前は、ジャスミンよ。漢字は、あ、ちょっと待って」と言ってノートを出して「クオック・ジャクライ」と言いながら、国則麗 Jasmine Kwokと書いてから、「あ、そうだ何かあったら」と言いながら住所と電話番号も書いて、そこを破って渡してくれた。


 則子ならぬ則麗か!なんか「則」と言うとこまで一緒じゃないかなどと思いながら書いてくれた名前をしげしげと見つめていると、


「で、あなたのは?パスポートでは見たけどね」と言いながら、ノートの別の切れ端を破いて差し出したので、私の名前を漢字とローマ字で書いて渡した。


 それにしても則子にそっくりだ。頭が混乱して何が何だか分からなかったが、ともかく宿を探すことにした。 















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