第15話 拝啓 魔力操作のコツを人に頼むと、えらい目に遭いました

 僕がケビンさんと邂逅した翌日、僕たちは待ち合わせ場所となるギルドに到着して、ケビンさんの到着を待っていた。


 その間はオリバーさんたちと会話をしながら待っていたんだけど、ケビンさんがギルドにやってくると、そこにはセリナさんやヴィーアちゃんの姿もあった。


 とりあえず合流が済んだので、セリナさんたちのことをサイモンさんが尋ねると、どうやら一緒についてくるらしい。


 教えてもらう立場の僕には否はないし、ヴィーアちゃんは昨日冒険者登録をしていたので、もしかしたら一緒に特訓をするのかもしれない。ふとした瞬間に後ろに立っていたりするし、女の子とはいえ只者じゃないのかも。


 そのような会話が終わりを迎えると、僕たちは街の外へ向かって歩き始める。


 やがて街の外に出て辿りついた森の手前で、ケビンさんは早速僕のスキルについて詳しく説明を行いつつ、鍛練をする前に要望を尋ねてきた。


「クキはどういうプレイスタイルを目指したい? 例えば剣士として敵を倒すのか、趣向を変えて魔術師になるのか、はたまたその中間で剣を扱いつつ魔法も使えるようになりたいのか」


「ま、魔法を扱えるようになるんですか?! マルシアさんに教わりながら詠唱をしても発動しなかったので、てっきり僕には才能がないのかと……」


 そう、僕はどうせ異世界にいるんだからと、小説で読んだような非現実的な魔法の使用というものに憧れて、マルシアさんからご教授いただいた過去を持つ。結果は惨敗だったけど。


「クキの場合は入り方に条件があるから、普通にしても覚えるのは無理だ。早い話が一般人と同じやり方だと、何も覚えることはできない」


 ケビンさんの説明だと、僕は何も覚えられていないことになるけど、実際にはオリバーさんたちとの稽古で【剣術】スキルを手に入れているので、そのことをケビンさんに伝える。


「え……でも、オリバーさんやサイモンのおかげで、剣術を使えるようになりましたよ」


「その時と魔法を教わった時とで、やったこととやらなかったことはわかるか?」


 ケビンさんからの問いかけに対して僕が当時のことを思い出しながら考え込んでいくと、やがてその答えに辿りついた。


「……剣術を習った時は宿屋へ帰った後に、1人で本を見ながら練習しました。魔法の時は宿屋の中で暴発させたら危ないと思って、結局のところ何もしませんでした」


 剣術や護身術、薬草関連に関しては部屋の中でもできたので、そのことをケビンさんに伝えたのだ。


「そう、それがクキの強さでもあり、弱さでもある。クキの場合はスキルを使って学習をしたあとに実践をすれば、大抵のことは全て覚えられる。逆にスキルを使わなければ一切覚えることができない。強力なスキルゆえのメリットとデメリットだな」


 僕は今まで感覚でしか使っていなかったスキルの秘密をケビンさんから教わり、ふと思い返せばステータス欄の後付けスキルは、【勉強道具】スキルを使って勉強をしてから、その後に実践をしたものであると思い至るのだった。


「クキは魔法を使いたいみたいだから、今日は外にいることだし魔術基礎の本を出して、勉強をしながら実践をしてみるんだ。勉強が上手くいって実践でもちゃんとできたら、近いうちに魔法を使えるようになるかもしれない」


「わかりました!」


 まさか、諦めていた非現実的な魔法の使用ができるなんて、僕のテンションはうなぎ登りだ。


 だから、ケビンさんからの指示を受けた僕は早速スキルを使って魔術基礎の教本を出すと、座り込んで黙々と読書を始めていく。


「……【初心者でもわかる魔法のいろは】」


 上手いこと【初心者】シリーズが出てきてくれた。これなら中身も難しくなくて、素人の僕でも理解できると思う。


 そして、僕が1ページ目を読み始めていると、ケビンさんはサイモンさんたちに話しかけていた。


「で、次にサイモンたちだが……」


「俺たちがどうかしたのか?」


「クキが鍛練している間は暇だろ? せっかくだから扱いてやる」


 ケビンさんがニヤッと口角を上げてサイモンさんたちを見回すと、サイモンさんたちは言い知れぬ不安を感じ取ったのか、少し後ずさりしたようにも見える。


「い、いや……俺たちはもうAランク冒険者だし、そんなに鍛える必要はねぇよ……な、なあ? オリバー」

「そ、そうだ。ここでクキが頑張っているのを眺めているだけでも楽しいし。なあ? ミミル」

「そ、そうよね。それにケビンさん直々に教わるなんて、お、恐れ多いし……そうよね? マルシア」

「わ、私は魔術師だし? 鍛えてもらうなら貴方たちだけでしょ? 魔術師は自己鍛練で充分だから……そう、充分なの」


「まぁ、そんなに遠慮するな。死ぬことはない……多分」


「多分て何だ!? 多分て!」

「鍛練で死んでたまるかよ!」

「私、将来は引退して専業主婦をする予定なの!」

「私も子供たちに囲まれて過ごす予定なの!」


「セリナ、ヴィーアとここでクキを見ててくれ。ちょっと出かけてくる」


「はい、お気をつけて」


 ギャーギャーと騒いでいるサイモンさんたちを他所に、ケビンさんはセリナさんにこの場のことを任せると、サイモンさんたちと一緒に消えてしまった。


「…………え?」


 僕は消えてしまったケビンさんたちのいた場所をババっと二度見して、呆然としてしまう。


(消えた……? え? どういうこと?)


 ケビンさんがサイモンさんたち4人を抱えて、僕の目にも止まらない程の超スピードで移動したとは思えない。何故なら4人も人を抱えるなんて土台無理だし、あの時のケビンさんはセリナさんの方を向いていた。


「あ……あの……」


 僕が目の前で起きた超常現象を紐解くには頭の良さが足りないので、ケビンさんのことを知っているセリナさんに答えを教えてもらおうと声をかけた。


「どうしました? 魔法関係でわからないことでも? 基礎程度なら、あまり魔法の得意でない私でもお答えできますよ」


 セリナさんは僕が勉強に行き詰まったと思ったのかそう問い返してくるものの、僕が知りたいのは超常現象であって、まだ読み始めたばかりの魔法のことではない。


 むしろ、サイモンさんたちのことに気を取られていて、ほとんど読んでいなかった。


「魔法のことではなくて、ケビンさんのことなんですけど……」


「ケビンさんですか?」


「えっと……今さっきケビンさんがサイモンさんたちと一緒に消えたので、どうやって目の前から消えたのかなって……」


 僕がそのような感じで疑問を口にすると、セリナさんは柔らかい笑みを浮かべて、僕の疑問に答えてくれた。


「ケビンさんが使ったのは転移魔法ですよ。行ったことのある場所なら、何処へでも行けるそうです」


「て、転移魔法!?」


「はい、そうですよ」


 転移魔法と言えば、小説の中でもお馴染みの最強の移動手段であり、元の世界で言うなら、某ロボットが出してくれる何処にでも行けるドアみたいなものだ。


 その転移魔法が使えるなんて、馬車で何日もかけて移動したり、わざわざ野営をするなんて必要性もないくらいの移動系最強魔法じゃないか。


 元の世界でも寝坊した時とかに、『転移魔法があればいいなぁ……』なんて思っていたりもしたけど、夢のような移動手段が実際にあるなんて、やはりここは異世界だ。


 そのような願望丸出しの考えをしていた僕だったけど、気付かぬうちにセリナさんは木を背に腰掛けていて、ヴィーアちゃんを膝枕で寝かしつけていた。


(うーん……もっと色々なことを聞いてみたい気もするけど、ヴィーアちゃんの睡眠を邪魔するのもあれだし……)


 結局のところ僕はそれ以上の質問はせずに、目の前にある【初心者でもわかる魔法のいろは】に目を落として、読書の続きをするのだった。


 どれくらいの時間が経ったのかわからないけど、僕が読書に集中していると、セリナさんの声が耳に入ってきた。


「おかえりなさい」


「ああ」


 その声に顔を開けてみれば、いつの間にかケビンさんが戻ってきていた。音もなくいきなり現れたから、転移魔法を使って戻ってきたんだろう。


「食べたい」


 さっきまで確か寝ていたはずなのに、いつの間にかヴィーアちゃんが目を覚ましていて、戻ってきたケビンさんに食べ物を要求している。


「腹が減ったのか? よく食べるよな……成長期か?」


 確かによく食べると思う。それにさっきまで寝ていたし、よく寝てよく食べるなんて、ケビンさんの言う通りで本当に成長期なんだろうか?


「食べたい」


「待ってろ。今作ってやる」


 ヴィーアちゃんの食欲を満たすために、料理をポンポンと出していくケビンさん。


(え……ちょっと待って……今、何処から出したの? もしかして、あれが【アイテムボックス】って言われているスキルなのかな……でも、ケビンさんは「作ってやる」って言ってたような……)


 僕がケビンさんの行う超常現象に頭を悩ませていると、料理を出し終えたケビンさんはセリナさんの稽古相手をして時間を潰していく。


 その間の僕は読書の続きだ。


「うーん……体内にある魔力の流れを感じ取ると、同じ魔法でも威力が変わるのか……」


 魔法を使うには詠唱が必要なのはマルシアさんの講義でわかっていたけど、同じ魔法でも威力が変わるっていうのは、教えてもらってないな。


 これは一般常識ではないのかもしれない。そうなってくると、この【魔力操作】っていうスキルは覚えておいた方がいいのかも。


「魔力……魔力……」


 僕は自分の体内に流れている魔力を感じ取ろうと一生懸命に目を瞑ってみるが、如何せんこの世界に来るまで持ってもいなかった魔力を感じ取るのは容易ではなく、この作業は難航していた。


(だいたい元々持っている血液の流れすら感じとるのも土台無理なわけで……異世界に来て魔力の流れを感じるなんてできるわけがない)


 何かコツみたいなものはないのか本に目を通してみるものの、そこに書いてあるのは人体像に、魔力の道みたいなものが線で描かれているだけだった。


 そして、中々上手くいかずにうんうんと唸っている僕のところへ、いつの間にかケビンさんが近づいてきていた。


「ん、魔力操作か……それはコツがいるからなぁ、上手くいかなくても仕方がないぞ」


 そう言うケビンさんに僕は顔を上げて、コツを教えてもらえないかと頼んでみる。


「んー……これはあまり男相手にはしたくないんだけどなぁ……同郷のよしみだ、クキには特別にしてやろう」


 ケビンさんの「男相手にはしたくない」という不穏な発言に、僕はちょっと身構えてしまうけど、そのような僕の気持ちも知らずにケビンさんが口を開いた。


「ちょっとそこで寝転がってみろ」


 ケビンさんにコツを教えて欲しいと頼んだのは僕なので、どこか拭えない不安はあるものの、僕はケビンさんの指示通りに寝転がることにした。


「心臓のだいたいの位置はわかるな? そこに意識を集中してろ」


 ケビンさんに言われた通りに、目を瞑って心臓の位置を想像しながら意識を集中していると、ケビンさんが心臓がある辺りに手を置いた。


 すると、何やら胸の辺りにホッカイロを貼り付けたようなポカポカとした温かさが込み上げてきて、僕は驚きで瞑っていた目を開いた。


「おっ、感じたようだな。その温かいところがクキの体にある魔力タンクだ。早い話が魔力の貯蔵庫だな」


 ケビンさんの説明によると、魔法を使う際にはこの魔力タンクから魔力を取り出して、体外に放出してから超常現象を引き起こすのだそうだ。


「ここまでなら男女問わずやっても問題ない。問題はここからだ。魔力を体に巡らせるから、耐えろよ?」


 僕はケビンさんの言う「耐える」の意味がわからずキョトンとしてしまうが、それはすぐに思い知らされることになる。


「――っ!!」


 これは、そう。言うなれば、初めてウォシュレットを使った時の、そんなゾクゾクとした感覚が体中を巡っていくのだ。これは確かに「耐えろ」と言われた言葉の意味がわかってしまう。


「こ……これ……っ!」


 僕が必死に耐えている中で、ケビンさんは気の抜けてしまうようなことを口にする。


「変な声出すなよ。俺にそっちの趣味はない」


「ブハッ!」


 ……酷いと思う。必死に耐えている僕に対して、吹き出してしまうような言葉はかけてはいけないと思う。


「魔力が流れていってるのがわかるか? これがわからないと、スキル取得は難しいぞ」


 澄ました顔で真面目なことを言い出したケビンさんを見た僕は、『実は僕の反応を見て楽しんでないか?』と疑心に囚われてしまうけど、今はそれよりも魔力の流れを掴み取ることの方が重要だ。


 これができないことには、この地獄からも抜け出せないので、必死に流れを掴もうと感覚を研ぎ澄ませる。


 そして、少し集中してみると体の中で何かが移動していってるような、そのような感覚を掴むことができたので、そのことをケビンさんに伝えた。


「ああ、それだな。その感覚を忘れるなよ」


 ケビンさんがそう言うと、僕はゾクゾク地獄からようやく解放されて、大きく息を吐いたのだった。


「今の感覚を忘れずに、今度は自分で魔力を動かしてみるんだ」


「はい、ありがとうございます」


 そして、その日の夕暮れ時になると、僕は【魔力操作】を習得していて、本格的な魔法を覚えるのは明日からということになった。


「あの……サイモンさんたちは?」


「ああ、あいつらなら今頃ダンジョンで寝泊まりだ」


「ダンジョン!?」


「クキもある程度できるようになったら、ダンジョンに潜ってもらうからな? 心持ちだけは事前にしっかりと準備しておくんだぞ」


「はい!」


 それから僕とケビンさんたちは街に戻り、明日の集合時間を決めてから別れを告げると、それぞれの宿屋へと帰る。


「父さん……人から魔力を流してもらうのはかなりヤバかったよ……ウォシュレットなんて比じゃないくらいに……」


 こうして僕は宿屋のベッドで魔力操作の練習をしながら、眠りにつくのであった。

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