第12話 拝啓 異世界に刀がありました

 オリバーさんたちと北の地を目指すことになった僕は、今までお世話になった宿屋の店員さんや他の店の店員さんに挨拶をして回る。半年も経てばお互いにそれなりの関係を築けていたので、僕が旅に出ることを伝えると別れを惜しんでくれた。


 その間のオリバーさんたちは何をしていたかと言うと、宿屋でのんびりと僕の挨拶回りが終わるまで出発を待っていてくれたのだ。そして、僕の挨拶回りが終わると、いよいよもって北の地を目指して出発となるのだった。


「ここから北には俺たちの祖国であるアリシテア王国や、魔導が専門のミナーヴァ魔導王国がある。1年を通して気候も穏やかで場所によっては比較的過ごしやすい地域だな」


「それなのにセレスティア皇国へ来たのですか?」


「冒険者活動を再開させるなら、知らない土地へ行った方が楽しいだろ? だからセレスティア皇国へ来てみたわけだ」


「それで暑くなるから、北へ逃げるっていう寸法さ」


「そういうことだったんですね」


 その後、僕たちは宿屋から出ると街の外へ向けて歩き出した。すると、街門の方から数台の立派な馬車が並んでやってくる。


 その光景にオリバーさんたちは馬車に刻まれたフィリア教団の紋章を見てから、お偉いさんの大行進だと言って眺めていたけど、もしかしたらクラスのみんなかも知れないと僕は思っていた。


 そして、馬車が通り過ぎたところでオリバーさんたちが歩き出したので、僕はそのあとを追いかけるのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ところ変わって馬車の中では、窓から外を眺める教育実習生の姿があった。


「先生、どうかしたんですか?」


「先程、九鬼君を見かけた気がしたので……」


「え、すれ違ったんですか!?」


 教育実習生の返答を聞いた女子は窓にかぶりついて後方を見ようとしたが、どんどん進んでいく馬車によってすれ違ったであろう場所は、見るに見れない状態となる。


「きっと気のせいですよ。立派な鎧を着込んでいましたし、他人の空似だったかも知れません」


 そして、立派な鎧という部分に反応を示した女子は席に座り直すと、教育実習生の発言に同意した。


「鎧を着込んでいるならそうかも……九鬼君の職業でそれほど稼げるとは思えないし、薬草採取とかだと報酬があまりなさそう……」


 奇しくも九鬼が【学生】という職業を活かし、努力を重ねながら成長していたことを知らない面々は、制服姿で薬草を採取しているであろう九鬼を想像しては、その姿に同情するのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 一部のクラスメイトから同情されていることなど知らない僕は、次の街に向かう乗合馬車に乗って街の外に出たら、オリバーさんから今日中に行ける所まで行くことを知らされる。


 仮に戦闘とかすることになっても、僕が1人でも大丈夫なものに関しては僕が1人で対応をして、みんなでやった方が早い場合は袋叩きにするそうだ。


 それなら最初からオリバーさんたちが相手にした方が、旅の行程も早く進むと思うのだけれど、そこはやはり僕を鍛えるということが前提にあるらしい。


 そのようなことを馬車の中で説明されながらも、まず目指す目的地はアリシテア王国にある交易都市のソレイユという大きな街らしい。そこに知る人ぞ知る鍛冶師がいるそうで、僕に合ったちゃんとした装備を作ってもらえるか頼んでみるみたいだ。


「ドワーフ族のドワンさんっていう人なんだけどな、気に入った相手にしか作ってくれねぇんだよ」


「そうそう、装備品の鍛冶が副業でメインは包丁作りとかだしな」


「私たちも最初の時は門前払いで、そのあとに何度も通いつめてようやく作ってもらえるようになったのよ」


「お願い代わりに素材の持ち込みとかもしてみたけど、どうやら凄い冒険者が定期的に素材を置いていくみたいで、素材には困ってないって言われてしまったこともあるわね」


 口々にオリバーさんたちがドワンさんっていう人のことを語っていくけど、そのような人なら僕の装備品を作るなんてことは、端から無理なんじゃないかと思ってしまう。


「そんな心配そうな顔をすんなって。初見さんは確かにお断りだけど、紹介なら少しくらいは見込みがあるしな」


 そのようなことを口にするオリバーさんは笑っていて、サイラスさんも同じく笑っている。楽観しすぎなのではないかと思ってしまうほどだ。


 奇しくも僕の読みは正しかったのだとあとになってわかるのだけど、この時の僕はまだ知らない。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 僕たちが皇都セレスティアを出発してから1ヶ月後、目的地であった交易都市ソレイユへと無事に到着した。そして、宿の確保を済ませた僕たちは早速ドワンさんの元へと向かう。


「駄目だな」


「そこをなんとか……頼むよドワンさん」


 やはりと言うかなんと言うか、ドワンさんは案の定僕の装備品を作ることを断った。オリバーさんたちが必死に頼んでいるけど、あまり見込みはなさそうだ。


 なんて言うか、ドワンさんは“The 職人”って感じの人で、寡黙な上に喋りかけづらい雰囲気があり、僕はそれをひしひしと感じてしまう。


 見た目は小説の挿絵に描かれているような感じで、ずんぐりむっくりした愛嬌ある姿なんだけど、そんなことを口走ってしまったら、確実に怒られてしまうだろう。


 オリバーさんたちとドワンさんのやり取りが繰り返されること数十分。溜息混じりにドワンさんが渋々といった感じで僕へと声をかけてきた。


「坊主、お前は強さに何を求める?」


 ドワンさんからそう尋ねられた僕は、いったい何のことを問われているのかさっぱりわからなくて、ポカンとしてしまう。


「オリバー、こいつを本当に育てたのか? 気構えがなっていないぞ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ドワンさんがいきなり質問したから、言葉の意味がわかってないだけだ」


 オリバーさんが慌ててそう言うと、僕に先程のドワンさんが言った言葉の意味を教えてくれて、それを聞いた僕はようやく質問の意図に気づいた。


「えっと……父に会うためです。そのために僕は強くなりたい。そして、父に会うために故郷へと帰りたいんです」


 今まで僕はクラスのみんながそのうち魔王とやらを倒して、元の世界へと帰る方法を見つけ出してくれるだろうと、端から自分は動かない他力本願の考えでいたけど、オリバーさんたちとの出会いでそれは変わった。


 薬草採取ばかりしていた僕では、そのうち魔物にやられていたかもしれない。あの時だってたまにホーンラビットから追いかけ回されていたんだ。絶対にありえない未来ではないと思う。


 そのホーンラビット相手に逃げ出すことなく立ち向かう力を、オリバーさんたちが教授してくれたおかげで今の僕がある。あの1歩は僕にとってかけがえのないもので、その1歩で前に踏み出せたからこそ、今のままではダメだということも考えることができたのだ。その後は、しばらく気分が悪くて落ち込んでいたのは別として。


「親父さんに会うためか……会えない理由は聞かないが、その意志は偽物じゃねぇようだ」


 ドワンさんが腕を組んで頷いている中、オリバーさんさんたちは思い出したかのように口を開いた。


「そういえばクキの家族について知らなかったな」


「会えないってことは遠くに住んでいるのか? クソ弱ぇから、てっきり皇都か皇都周辺の村出身かと思っていたんだが……」


「そうよね……あの弱さで長旅なんて無理だろうし……近くの村から上京したと思っていたけど……」


「強くないと会えない所に住んでいるの? 仮にそんな地域があったとして、よくそこから皇都へと出てこれたわね」


 オリバーさんたちが口々に僕の出身地について議論を交わしていたけど、「クソ弱ぇ」とか「あの弱さ」とか、僕の心にグサグサと突き刺さっていく。


 まぁ、確かに女性のミミルさんにすら勝てないへっぽこなのは自覚しているけど。なんかこう、もっとオブラートに包んで欲しい気もする。


 それに、僕が仮に「異世界からやって来ました」なんて言ったところで通じないだろうし、勇者召喚されてから早々に見限られたなんて恥ずかしくて言えたもんじゃない。


 仮に勇者なんて思われてしまったら目も当てられなくなる。戦えなくて薬草採取しかできなかった勇者なんて、本来の勇者である他のみんなたちの顔を潰すことになってしまう。みんなも薬草勇者の仲間なんて思われたくもないだろうし。


 そのようなことを考えていると、僕はドワンさんから声をかけられる。


「ちょっとそこで軽く素振りをしてみろ」


 そう伝えてくるドワンさんの意図はわからないけれど、僕は剣を抜くと周りに当ててしまわないようにキョロキョロとして、剣を振れる範囲を模索する。


 その僕の行動にオリバーさんたちは邪魔にならないようにスペースを空けてくれて、僕は振っても大丈夫そうだと確信したところで素振りをしてみた。


「ふむ……綺麗すぎるな」


 そのような感想をこぼしているドワンさんが今度は「剣を見せろ」と言うので、僕は素振りをやめて鞘に収めた剣をドワンさんに渡す。


 すると、ドワンさんは鞘から剣を抜いて色々な角度から刃の部分を見ており、さながら職人のようだった。


 いや、実際職人なんだけど……そういう風な雰囲気を感じたということだ。


「名前はクキだったか……剣術を誰から教わった?」


「え……オリバーさんたちです……」


 ドワンさんからの唐突な質問に対して、素振りをした時に何か悪い所でもあったのだろうかと僕は不安に駆られてしまう。これでオリバーさんたちが怒られでもしたら申しわけなく思ってしまうけど、実際は逆のようだった。


「お前の剣筋、武器の消耗具合からして素人とはとても思えん。大抵のやつは多少なりとも、ブレの影響が武器に出てくるもんだ」


「ブレ……ですか?」


「いくら綺麗な剣筋をしていたとしても、練習と実践とでは違う。練習は自分のタイミング、自分の理想とする道筋をなぞりながら剣を振るうが、実践は相手がいる。動く相手に理想的な剣筋を振るうなんて、素人ができるもんじゃない」


「でも……僕はオリバーさんたちから習うまでは、剣を握ったこともなくて……買うだけ買って腰につけていただけです」


「だからおかしいんだ。お前はDランク冒険者なのだろ?」


「はい。オリバーさんたちのおかげで、そのランクまで辿りつけました」


「俺が知る中でこんな芸当ができるのは1人しか知らん。つまりお前はそいつと同じ剣の扱いをしているということだ」


「……」


 僕は何がそんなにドワンさんを驚かせているのかわからず困惑していると、ドワンさんは意味のわかっていない僕に溜息をつきつつ説明をしてくれる。


「そいつのメイン武器は刀なんだが、刃の部分の磨耗が均一という達人じみた使い方をしている」


「えっ、刀があるんですか!?」


 僕はドワンさんが説明してくれている話の内容よりも、“刀”という単語に興味を示してしまった。


「なんだ、お前も刀が欲しいのか? そいつも最初ここへ来た時は刀に興味津々だったが……同郷か? いや、それはないか……」


 ドワンさんの言った“同郷”という単語に僕は少しだけ期待したけれど、どうやら違うみたいだった。もしかしたら、以前に勇者召喚された人かも知れないと踏んでいたんだけど、その人はどうやらアリシテア王国出身の人みたいだった。


「なぁドワンさん、その人って誰だ? ドワンさんが装備品を作るってことは冒険者なんだろ?」


 サイラスさんがそのようなことを口にすると、ドワンさんはしばらく考え込み、その結論が出たのか話すことにしたようで、サイラスさんの質問に答えた。


「まぁ、有名過ぎるから話しても問題ないだろう。そいつの名は“ケビン”だ」


「「「「ケビンっ!?」」」」


「ケビンってあのケビンかっ?!」


「あのケビンがどれだけいるのか知らんが、救国の英雄であるケビンだ」


「え……知っている人なんですか?」


「知ってるも何も、アリシテア王国の人間で知らない方が詐欺だろ!」

「救国の英雄だぞ!」

「しかも私たちと同じ学院にいたのよ!」

「私とサイラスはクラスメイトだったんだから!」


 それからオリバーさんたちはケビンさんという人のことを熱く語っていたけど、どうやらとてつもなく強い人らしい。


 そのケビンさんは、8歳の時に学院を辞めてから消息を絶っていたみたいだけど、2年後の10歳の時にお隣のミナーヴァ魔導王国との親善試合で、フェブリア学院の対戦相手として突然姿を現したら、誰にも負けることなく優勝してしまったらしい。しかも、それを卒業までの4年間続けて無敗のまま4連覇したそうだ。


 更には今の僕と同じ15歳の時に三国戦争というものが起きて、アリシテア王国が不利な状況になっているところを、これまた突然に伝説の冒険者と言われる人と現れたら、その冒険者が1人で戦っている間に、お隣のミナーヴァ魔導王国の方の戦争を1人で終わらせてきたらしい。


 それが終わってからまた戻ってきてはその冒険者のあとを引き継いで、1人でアリシテア王国に攻めてきていた敵兵を倒したようである。そして、そのまま当時の帝国へ攻め入っては、城にいた皇帝を倒して戦争を終わらせたそうだ。


 そのあとは消息をまたもや絶っていたみたいだけど、オリバーさんたちの卒業式の日にまた突然姿を現しては、当時のアリシテア王国第3王女であるアリス王女殿下とともに姿を消したらしい。婚約者だったから迎えに来たのだろうと、オリバーさんたちも予想したみたいだった。


 その後は空位となっていた帝国の皇帝となって、今もなお善政を敷いていると教えてくれた。知り合いがもの凄い存在になったということで、クラスメイトだったらしいサイラスさんとマルシアさんは、自分のことのように興奮しながら語っている。


「それに去年もまた戦争に勝ったのよ!」


「え……去年も戦争があったんですか?」


 そんなに戦争がぽんぽんと起きてしまうほど、この世界の治安は乱れているのかと思うと僕はちょっと怖くなるが、マルシアさんの語りはとどまるところを知らない。


「クキ君もいたセレスティア皇国が、エレフセリア帝国に対して戦争をしかけたのよ」


「馬鹿だよな」

「ああ、馬鹿だ」

「勝てるわけないのにねぇ」


「そんなに帝国は強いんですか?」


「帝国が強いってよりも、皇帝でもあるケビン君が強すぎるのよ。そのケビン君はね、冒険者ランクがXなの」


「X……? そんなランクとかありましたか? 聞いたことないですよ」


「冒険者登録をした新人に対して、普通は説明しないわね。Xってなろうと思ってもなれないのよ」


「なれないのにそのランクが存在するんですか?」


「Xはね、1人で国を滅ぼせる人が認定されるランクなの」


「ひ、1人でっ?!」


「そう、1人で。ケビン君が1人で旧帝国を滅ぼしてはいないけど、戦争を終わらせちゃったから、そのあとに新しく作られたランクなのよ。以前まではランクってSランクまでしかなかったの。そのSランクの中でも強さがピンキリでね、新たに追加されたのが2S、3S、Xってわけ」


「まぁ、仕方ねぇよな。仮に俺たちがSランクに昇格したとしても、ケビン君と同じ強さかって聞かれたら、迷わずFランクとSランクくらいの差があるって答えるしかねぇもんな」


「そんなにもですか……?」


「当たり前だろ。クキは何万もいる敵兵を僅かな時間で倒せるのか? しかも無傷でだ」


「む、無理です……」


 サイラスさんの言葉に僕はその光景を想像してしまったけど、足が竦んで戦うどころではないと思う。更に相手は同じ人間だ。人を殺すなんて僕にはできそうにないし、恐怖している間に僕が殺される未来しか想像できない。


「そういうわけだから、Xランクにはなりたくてもなれないの。なろうとしたら、1人で国を相手に戦争をしないといけないから。現実的じゃないわ」


「仰る通りです」


「だから普通の冒険者たちはAランクかSランクを目標にするし、2Sランク以上なんてものは、端から目指さず頭から追いやっているのよ」


「ちなみに2Sランクは何をしたらなれるんですか?」


「1人でドラゴンを倒したらなれるわよ。パーティーを組んでいたらSランクになれるわ」


「ド、ドラゴン……」


「そのドラゴンも災厄として認定されているから、1匹で街を簡単に滅ぼすような相手を1人で相手にしないといけないけどね。ただの街じゃなくて王都とかに現れたら、国が滅びるわね」


 そのようなことを教えてもらっていると、話が途切れたところでドワンさんから声をかけられて、僕の装備品を作ってくれることになった。


 ちなみに武器はどうするのかと聞かれたので僕は迷わず刀を希望すると、かなりのお金が必要みたいで、僕はその支払いのためにしばらくはこの街でクエストを受け続けないといけなくなる。


 だが、そこは初見さんでもオリバーさんたちの知人ということで、前金としては足りていないお金をギルドカードで支払うと、残りは後払いでお金が準備できるまでは気長に待っていてくれるそうだ。


 こうして僕は日本人の魂とも言える刀欲しさに、早くも極貧生活を送り続けることになる。なんだかそう考えると、冒険者になりたての頃に薬草採取していたのが懐かしく思えてくる。


「父さん……異世界に刀があったよ。凄く高いけど……」


 ドワンさんが作り上げる刀に胸をふくらませながら、僕は父さんへの呟きを人知れずしてしまうのであった。

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