第11話 拝啓 ステータス差が理不尽です

 僕が初の魔物討伐を成し遂げてから1週間ほど経過したある日、生き物を殺したという気落ちからある程度回復したため、久しぶりにギルドへと顔を出した。


「おっ、薬草ハンター! もう落ち込むのはやめたのか?」


「はい。情けないことでしたが……」


「なに、誰しもが通る道だ。気にすることはねぇ」


「そうだぜ、魔物よりも落ち込むのは人を殺した時だ」


「え……人を殺した時……」


 もう顔なじみとなっている先輩冒険者たちから声をかけられた僕は、その中でも「人を殺した時」という言葉が頭から離れなくなる。


「冒険者にもよるがな、盗賊退治の際に上手く無力化できずに殺してしまうこともあるのさ。魔物と一緒で、こっちが殺さなきゃ相手から殺されるからな」


「しかも奴らはこっちの都合なんか考えねぇ。自分たちが勝てると思ったら、たとえこっちが人殺しをしたくなくても襲ってきやがる。はた迷惑な野郎どもだ」


「それに、そういう時に躊躇った冒険者から殺されていくわけさ。だからクキは1人で旅なんかするなよ。盗賊に見つかったら狙われるぞ」


「そうだぜ、旅は日帰りできる範囲にしておけ。1人で野営なんてしたら狙ってくださいって言ってるようなもんだしな」


「僕……やっぱり薬草採取だけにしようかな……」


 早くも盗賊という存在にビビり始めた僕は、比較的安全な薬草採取の依頼だけにしようかと及び腰になっていたけど、その時に後ろから肩に手を置かれてしまう。


「お前ら、あんまりクキを脅すな。せっかくホーンラビットを狩れたのに、振り出しに戻るじゃねぇか」


 僕がビビっている時に冒険者たちを諌めたのはオリバーさんだった。そして近づいてきた他のメンバーから、口々に復帰の挨拶をされていく。


「よう、元気になったみたいだな」

「もう大丈夫なの?」

「無理をしてはダメよ?」


「ご心配おかけしました。全く気にならないと言ったら嘘ですけど、だいぶ気にせず生活ができるようになりました」


 そして、オリバーさんたちと挨拶を交わした僕は、その後早速オリバーさんたちに連れられて、いつもの森へと足を運ぶ。


 オリバーさんとサイモンさんって結構強引なところがあるから、僕があまり主張しないこともあってか、なし崩し的にその場の状況に流されてしまう感じだ。


「それじゃあクキ、久しぶりだから素振りでもしてみるか?」


「はい!」


 ホーンラビットを討伐してから初めて鞘から剣を抜く。宿屋に篭もりっぱなしの時は剣を見ると思い出してしまうので、気持ちが落ち着くまではマジックポーチから1度も取り出していなかったのだ。


「うん、型崩れは起こしてないようだな」


「宿屋で素振りでもしていたのか?」


 サイモンさんから素振りの件を聞かれたので、僕は一旦素振りをやめるとサイモンさんへ返答した。


「最初は剣を見るのも嫌だったのでしませんでしたが、昨日は気持も落ち着いていたので久しぶりに素振りをしました」


「それにしてはきっちりと振れてんな」


「クキは剣術の才能があるんじゃねぇか?」


 オリバーさんから才能があると言われてしまったけど、僕はこの世界で初めて剣を持ったので才能云々があるかどうかはわからない。だけど、何はともあれ褒められたのは嬉しい。


 その後も適度に素振りを続けていたら、オリバーさんやサイモンさん、ここで驚いたのはミミルさんまでもが参加をして、僕の打ち込み稽古が始まる。


「え……ミミルさんも剣を使えるんですか?」


「使えなきゃ腰にぶら下げてないわよ」


「てっきり護身用かと……」


 どうやら僕の勘違いだったようで護身用かと思っていた剣は、ちゃんと戦闘に使ってる剣だったようだ。


「とりあえずミミルからだな。3人の中だと1番弱ぇし」


 そして僕はそのように言われた1番弱いとされているミミルさんと、剣の稽古をすることになった。


「け、怪我しちゃうんじゃ……」


 僕の心配なんか必要ないことみたいに、旦那さんであるオリバーさんが笑いながら言ってくる。


「Fランク冒険者に怪我を負わされるAランク冒険者なんか、剣なんか捨てて引退しろってところだな」


「大丈夫よ、クキ君。ランクってね、思っている以上に実力差がハッキリと出るから、まずは鞘付きでやってみようか? 抜き身だとやりづらいでしょう?」


 どうやら稽古するのは間違いないらしい。しかもミミルさんの言い方だと、ゆくゆくは抜き身でするつもりなのかもしれない。そのようなことをしたら絶対怪我するに決まってるのに、オリバーさんたちの感覚が信じられない。


 それから僕の剣はオリバーさんから鞘がすっぽ抜けないように、紐でぐるぐると縛られた状態にされてしまう。ミミルさんは慣れているのか、自分でやっていた。


 そして、ミミルさんと向かい合うと、ミミルさんが口を開いた。


「とりあえず打ちこみしてみて。実力差を教えてあげるから、クキ君の心配事なんか馬鹿らしくなってくるわよ?」


 何はともあれ、このままだと時間だけが過ぎていくので、僕は怪我をさせないように、あまり力を込めず打ち込みにいったけど、それが無駄なことだとすぐに思い知らされる。


 僕が走ってミミルさんの所へ向かってから剣を振り下ろすと、ミミルさんは目の前から姿を消していた。そして剣を振り下ろしている状態の僕の肩に、ミミルさんの剣がそっと置かれる。


「え……消えた……?」


「消えてないわよ。移動しただけ」


 目の前から姿を消したミミルさんのマジックショーに僕が呆然としていたら、ミミルさんは種明かしをしてくれるけど全くもって意味がわからない。


「ね、心配なんかいらないでしょう? クキ君の今の強さだと一生かけても私に当てることはできないのよ。私がわざと当たりにいかない限りはね」


 確かに消える人に剣を当てろというのは無理難題で、僕の心配なんかさらさら必要ないかもしれないけど、逆にこれって訓練になるの? 素振りをしているのと変わらない気がする。


「さ、次は移動しないから打ち込んでみて。ステータス差って馬鹿にできないのよ。女の私でもクキ君より力持ちなんだから」


 そうか……ステータス……にのまえ君に借りた小説にもそのようなことが書いてあった気がする。確かステータス差にものを言わせて主人公がイジメっ子を倒しちゃう話だったような……


 つまり今の僕はそのイジメっ子役みたいなもんか。ミミルさんが主人公でステータス差があるから、僕がいくら頑張っても怪我を負わせることなんて無理なんだ。


 それがわかってしまった僕は、女の子相手に剣を振るうなんて気が引けるけど、とにかく最初とは違って真面目に打ち込むことにした。


 だけど現実は厳しいもので、予想はしていたけど僕が両手で思い切り振り下ろしても、ミミルさんは片手で難なくそれを受け止めていた。


「わかった? これが冒険者ランクの違い……根本的なことを言うならステータスの違いよ。だからクキ君は安心して剣を打ち込めばいいの」


「その……ビリビリってこないんですか? 僕は受け止められた時に手がビリビリってきたんですけど」


「こないわよ。んー……気を悪くしないで欲しいんだけど、小さな子供と遊んでいる感覚よ。子供から打ち込まれても、その力の強さなんてたかがしれているでしょう?」


「こ……子供……」


 僕の剣を受け止めたまま涼しげな顔でミミルさんがそう答えると、僕の力は子供レベルだと言われているようで、何だか居た堪れなくなってしまう。


「それだけのステータス差ってことだから、クキ君が子供ってわけじゃないわよ?」


「……はい……」


「もう、そんなに落ち込まないで。ほら、続きをするわよ」


 僕はそれからへこんだ状態のまま訓練を再開した。そして何度も打ち込んでみては、それを受け止めるミミルさんは片手で簡単にいなしてしまい、それを見る度に僕は、見た目など関係なくなるステータスというシステムに驚愕してしまう。


 1番弱いと言われているミミルさんがこの強さなら、オリバーさんとサイモンさんはいったいどれだけ強いのだろうか。もしかしたら漫画のように、指先だけで止めてしまう強さなのかもしれない。


 そして、その後も僕の打ち込み稽古は続いていき、結局のところ訓練をやめてしまうまで、ミミルさんへ当てることはただの1度もできなかった。


 こうして僕の復帰1日目の活動は、理不尽なステータス差というものを目の当たりにした、何とも言えない日として終わりを迎えたのである。


 それから街に戻ってオリバーさんたちと別れたあとは、宿屋へ戻って勉強をすることにした。


 もしかしたら、他にも理不尽なシステムがこの世界にはあるかもしれないから、僕は【勉強道具】というちょうどいいスキルを持っているので、それを使ってこの世界の一般常識というものを、今更ながらに勉強するのだった。


『この世界の一般常識がわかる教科書』


 僕がそう思考してスキルを使うと、目の前に分厚い辞書みたいな物がその姿を現す。


「え……これ、広辞苑よりも分厚くない?」


 そしてその分厚い本の気になるタイトルは、【世界の常識】というまんまなタイトルだった。


 それから1ページ目を開いた僕はガックリと肩を落として落胆してしまうけど、普通に考えたら『そりゃ、そうだよな』って思える説明を目にしてしまった。


 それはこの世界にはオスとメス、言うなれば男性と女性が存在していると書かれてあったのだ。他には両方の性質を持つ、両性具有の説明も書かれている。


「これはこの本を読破するよりも、欲しい知識を探すことの方が苦労しそうだよ」


 それからも僕は本を読み続けていると、『花の育てかた』、『家畜の育てかた』、『ご飯の作りかた』など、今の僕にはどうでもいい情報が次から次へと押し寄せてきた。


 そして読み続けること数時間、途中で夕ご飯を食べたり、体を綺麗にしたりと気晴らしが行えたけど、未だに戦闘に関する常識の項目にはありつけていない。


「これ、目次付きのやつとかないの?」


 そのような感じで僕が空気相手に愚痴ってしまうと、本がいきなり消えて再び現れた。


「あれ……?」


 その現象に『もしかして……』と思った僕は表紙をめくってみたら、1ページ目から目次が追加されていて、以前の本より格段と使いやすくなったことを喜んでしまう。


 そして、それからの勉強は面白いほどに捗っていく。目次が追加されたことにより、この本に何が記載されているのか手に取るようにわかったのだ。


 僕は時間が過ぎるのも忘れて読み耽っていると、いつの間にか寝てしまっていたようで、気づけば次の日の朝になっていた。


「んぅー……今日もオリバーさんたちと訓練になるのかな?」


 そのようなことを呟きつつベッドから体を起こして背伸びをした僕は、【世界の常識】を消してから朝食を食べに食堂へと向かうのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 僕がこの世界に来てから半年目となる4月、今となっては冒険者ランクもDランクまで上げることができた。その上となるCランクに上がれば、ようやく1人前として認められるみたいだ。


 そして、僕がここまでランクを上げられたのも、一緒に行動してくれたオリバーさんたちの援助があったことにほかならない。


 オリバーさんたちは僕の実力に見合ったランク上げをするために、戦闘は基本的に僕が1人でやれるような魔物の依頼を見繕ったりしてくれた。


 そのオリバーさんたち曰く、『強い冒険者とのパワーレベリングは、実力がついていかず想定外のことに弱くなるし、咄嗟の判断がその強い冒険者任せになる』とのことだ。


 そして、余程のことがない限りオリバーさんたちは戦闘に参加せず、僕が戦う後ろで万が一の時のために見守ってくれていた。


 今となってはホーンラビットで吐いていた頃が懐かしく思える。ミミルさんやマルシアさんは、『そのうち慣れるよ』と言っていたけど本当に慣れてしまって、今では魔物を殺しても吐くことはないし、気分が悪くなることすらなくなった。


 人間の適応能力がここまでのものだとは、吐いていた当時の僕ですら思っていなかったことだ。あの頃は薬草ハンターを生涯の仕事として、頑張ろうかと思っていた時期でもあったし。人間やればできるとかよく聞くけど、本当にできてしまうとは思いもしなかった。


 そしてそのような日々を送っていたある日のこと、何かの依頼を受けるためにいつも通りギルドを訪れると、オリバーさんからとある提案をされる。


「クキもだいぶできるようになったし、俺たちと一緒に他の所へ行ってみないか?」


「他の所……?」


「ああ、ここは大陸で南に位置する場所だからな、冬の間は他よりも暖かくて避寒地としては最適だが、これからはクソ暑くなるぜ」


「え……暑くなるんですか?」


 サイモンさんが「クソ暑くなる」と言ったので、僕は暑くなる夏を思い浮かべて嫌気がさしてしまう。自慢じゃないけど僕は夏の暑さに弱い。汗がダラダラと流れ出る暑さや日差しの強さは、どうにかして欲しいと前の世界でも思っていたことだ。


「暑いぞー! 夏なんかとてもじゃないが、ここにいられたもんじゃない」


「うわぁ……」


「どうかな、クキ君? まだ暑くなっていないうちに私たちと北へ行かない?」


「暑くなってからの移動なんて嫌でしょ?」


「行きます!」


 ここまで「暑い、暑い」とみんなに言われてしまっては、もう行くしかないだろう。だから僕は即断即決で了承してしまった。


 気になるのはクラスのみんなだけど、神殿で優雅な暮らしをしていると思うし、冒険者で日がな稼がないといけない底辺の僕が心配しては、烏滸がましいというものだろう。僕と違ってみんなは勇者とか強い職業なんだし、もう僕なんかが足元にも及ばないほどの、確たる強さを手に入れているに違いない。


「よし、それじゃあ今日はクキのために、旅の準備をするための日にしよう!」


「おう! テントとか買わなきゃいけねぇしな」


「他にも私たちの備品も揃えないとダメよ?」


「放っとくとすぐ忘れるから、私たちがきちんと最終確認しないとね」


「よろしくお願いします!」


 こうして僕は暑さの中で活動したくないがために、避暑地へ逃げるための旅の準備をオリバーさんたちから学びながら、色々と買い揃えていくことになるのであった。

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