第9話 拝啓 新しい出会いかと思えば、過酷な試練が待っていました
あれからもう1ヶ月が経過した。僕は未だに薬草採取を続けている。来る日も来る日も薬草採取を続けていたら、いつの間にかあだ名で呼ばれることが定着していた。
「よう、薬草ハンター。今日も薬草か?」
「はい。僕でもできる仕事ですので」
「まぁ、頑張れよ。お前のおかげでポーション系の値が落ちたからな。俺たちからしてみれば、ありがたいってもんよ」
こんな感じで他の冒険者たちは応援してくれるのだ。最初は馬鹿にされていたけど、目に見えて自分たちの得となることが出始めたら、少しずつ馬鹿にする人が減っていき、今では逆に応援してくれる人たちしかいない。
そしてそのような僕に転機というか、ありがた迷惑と思ってはいけないんだろうけど、ちょっと遠慮して欲しい出来事が起こる。
その日もギルドで薬草採取以外の危険ではない依頼を物色していたら、後ろから唐突に声をかけられたのだ。
「お前が薬草ハンターか?」
僕が振り返るとそこには4人組の男女がいた。
「ええ、一応そういうことになっています」
「一応? 変なやつだな」
そう言った別の男性の頭を後ろにいた女性の人が叩くと何やら言い争いを始めてしまい、そっちの方が気になって仕方がないのに、僕に声をかけてきた男性が続きを話し始める。
「俺たちと臨時パーティーを組まないか?」
「臨時……?」
臨時の意味は知っているけど、不思議に思った僕がキョトンとしていると、意味がわかっていないと勘違いをされたのか、その男性が説明をしてくれる。
「ああ、一時的に組むパーティーのことをそう言うんだ」
「なぜ僕なんでしょうか?」
その理由を問いかけると、男性は子供が大きくなって学院へ通いだしたから、手がかからなくなって冒険者活動を再開したということを告げてくる。
全くもって理由になっていない。子供自慢がしたかったのだろうか?
「それじゃあ説明になってないでしょ!」
そう言ったのはこれまた男性の頭を叩いている別の女性だ。この人たちはお笑いでも目指しているのかな? ボケとツッコミ……何だか懐かしい……あぁぁ、無性にお笑いが見たくなってきた。
「ごめんなさいね。こいつらが馬鹿だから、全く意味がわからなかったでしょう?」
「いえ、そのようなことは……」
「ほれ見ろ! さっきの説明でちゃんと理解してるじゃねぇか!」
「あなたは気を使われているってことに気づきなさい!」
そう言ってまたもや叩かれている男性……僕はいったい何を見せられているのだろう……
僕の視線が気になったのか、その女性はバツが悪そうにすると「コホン」と咳払いをしてから口を開いた。
「……それでね、君を誘った理由だけど、薬草採取ばかりをしているって聞いたから、余計なお世話かもしれないけど、ちょっとした先輩のお節介で魔物退治を経験させようかと思ったの」
余計なお世話と理解しているなら声をかけないで欲しかったけれど、見た感じでは悪い人には見えないので、本当に後輩を気遣うつもりで声をかけたのかもしれない。
それに人の親切を無下に断るわけにもいかないし、僕としてはとても困るんだけど、いったいどうしたものか……
「まぁ、1度やって無理なら今後は薬草専門にすりゃあいいだろ。何もしないで諦めるのは男のすることじゃねぇぜ」
最初に叩かれた男性のその言葉を聞いて僕が逡巡していると、その男性を叩いていた女性が口を開いた。
「やっぱり経験者は言うことが違うわね」
「経験者……?」
この人も昔は薬草採取を専門にでもしていたのだろうか?
ふと、そのようなことを僕が思っていたら、経験者は違うと語った女性が、その経験談を喋り始めた。
「私を妻にするために実家へ頭を下げに行ったのよ。私としては実家と縁切りして、この人について行っても問題なかったんだけどね」
「実家へ結婚のご挨拶ですか?」
「そうよ。『どうせなら家族に祝福された方が、よりマシな人生になる』って言って、私が『無理だから諦めなさい』って言ったのに聞かなかったのよ。『何もしねぇで諦めるなんて男じゃねぇ!』ってさっきと同じようなことを言ってね」
「一緒にいるってことは成功したんですよね?」
「ええ、何度も何度も頭を下げて認めさせたの」
「そんなに怖い両親だったんですか?」
「違うわよ。私が貴族令嬢だからよ。父親が政略結婚の駒に使おうとしたところを彼と駆け落ちして、そのまま冒険者になったのよ。当時は私の気持ちなんてこれっぽっちも気づいていなかったから、実際は駆け落ちと言うよりも私が押しかけた感じね」
「き、貴族様なんですか!?」
まさか目の前の冒険者が貴族とは知らずに、僕は話を聞かされて驚いてしまった。お金持ちの地位を捨ててまで、男性と一緒にいたかったのだろうか。僕にはまだよくわからない。
「私たちはみんな元貴族よ。貴族の男性って跡取りじゃない人は分家にならない限り、家から追い出されるのよね。つまりは元貴族の平民って感じになるのよ。それでお父さんも結婚に反対してたってわけ。自分の利益になることが1つもないから」
「そのような人を説得したんですね……」
「ええ、あの時の彼はとてもカッコよかったわ」
そのように惚気けている女性に対して、パートナーである男性は何を思ったのか大きな声を挙げた。
「それだと今はカッコ悪いみてぇじゃねぇか!」
「カッコ悪かったら別れてるわよ。今でもカッコイイから一緒にいるの」
「そ、そうか?」
「全く馬鹿なんだから」
やっぱり僕はいったい何を見せられているのだろう……何でギルドに来てまで、知らない人の惚気話に付き合わされないといけないのだろうか……
「というわけだ、パーティー組もうぜ!」
何が『というわけ』なのかがわからない。わからないけど、悪い人ではないのは昔話を聞いてから更に思ってしまった。
「初めて会って信用ならないのはわかるけど、私の夫のことも信用してあげて。何を競っているんだか、こっちの彼が結婚するようになったら、『負けてられねぇ!』って私の実家にも挨拶へ行く羽目になったのよ」
「仕方がねぇだろ、先を越されたんだからよ。でも、子供を作るのは俺の勝ちだな」
「あれはちょっとの差だろ!」
「はいはい、揃いも揃って馬鹿を露呈しないで、この子を仲間にするのでしょう?」
うん……帰りたい……無性に帰りたくなった……悪い人じゃないのはわかったけど、何だかパーティーになってもいいのかどうなのか不安でしかない。
「よし、ここまで盛り上がったんだ。これから一緒に魔物を狩りに行くぞ!」
盛り上がったのは貴方たちだけで、僕は見せつけられただけの側なんだけど、それを言ってはダメな気がする。お父さんも人には優しくしなさいって言ってたし、邪険にしてはいけないか……
「わかりました」
そして僕はこの4人組と臨時パーティーを組むことになり、初心者用のホーンラビットという魔物を狩りに行くことになる。
「アレですか……」
「なんだ、戦ったことがあるのか?」
「いえ、追いかけ回されて嫌な記憶しかありません」
「それなら苦手意識を克服するためにもちょうどいいな」
そう、僕はホーンラビットと出会ったことがあるのだ。いつも通りに薬草を採取していた時に不意に出会ってしまい、ホーンラビットが突っ込んできた際に渾身の右フックをお見舞いしてやったが、そのあとも相手が執拗く追いかけてきて、結局のところ街まで逃げる羽目になってしまったのだ。
「んじゃまぁ、そういうことで行くぞ! えぇーっと……お前誰だ? 名前を知らねぇや」
その発言をした男性はまたもや奥さんに叩かれていた。これを見ると日常茶飯事で叩かれているのではないかと思ってしまう。頭が悪くなったのはそれが原因なのでは?
「僕はクキです」
「クキ? 変な名前だな」
もう多くを語るのはよそう……そう言った男性の頭がどういう目に遭ったのかは、言わなくてもわかるだろう。
「それじゃあ、今度は俺たちの番だ。俺はオリバーだ」
「私はオリバーの妻のミミルよ」
「俺はサイモンだ」
「私はサイモンの妻のマルシアよ」
「俺たちはAランク冒険者だから、大船に乗ったつもりでいろ。ホーンラビットなんざ雑魚だ」
それから僕はオリバーさんたちに引き連れられて、街の外の森へと向かう。その道中は色々な話を聞いていたけど、オリバーさんとサイモンさんは相も変わらず頭を叩かれていた。こう言ってはなんだけど、完全に尻に敷かれていると思う。
そして目的地の森へ到着したら、オリバーさんが戦い方を教えてくれると申し出てくれたんだけど、僕は不安でしかない。
何故ならば、自慢じゃないけど腰の剣は未だに使ったことがないからだ。
「本当かよ……初心者にしてはいい剣を持っているから、あとは慣れだろうと思ってたんだがな」
「それなら持ち方から教えるしかねぇな」
サイモンさんの提案により僕は剣術の基礎の基礎、武器の持ち方から始めることになった。
それからは持ち方で合格をもらえたら素振りの練習に入り、この時に初めてこの剣が意外と重いことを知る羽目になる。
ただ持っただけなら大して重いとは思わなかったけど、振り始めると次第に重く感じてきて握力が弱くなったのか、握っている両手からすっぽ抜ける場面もあった。
その日は結局のところホーンラビットを狩ることなんかできずに、僕の素振り練習だけで終わることになる。そして街に戻ると明日も同じように練習するみたいで、何故だかわからないけどまた森に行くみたいだ。
「そんなもん簡単だろ。努力ってもんは隠れてするもんだ。人に見せつけてやるのは本当の努力じゃない。ただその姿を褒められたいやつがすることだ。褒められたいなら努力をちゃんとして、その結果を見せつけてやればいい」
僕はサイモンさんに対して尊敬の眼差しを向けた。今までポカポカと頭を叩かれる存在だけだと認識していたのに、とてもいい言葉をサイモンさんからもらった。
「わかりました。明日からも頑張って努力します!」
「その意気だ」
オリバーさんたちと別れて宿に戻った僕は、汗だらけの体を拭うために店員さんにお湯を頼んだら、そのまま部屋へと戻って装備類をマジックポーチへ仕舞いこんだ。
そしてお湯が届いたので清拭を済ませたら、夕飯を食べたあとはベッドの上で今日の復習をすることにした。
「多分、出ると思うんだけどな……」
僕は【勉強道具】のスキルで『出てきて』と思いながら、剣術指南書を出せるかどうか試してみると、ベッドの上に剣術指南書が出てきたのでひと安心する。
それから素振りの項目があるかページをパラパラめくっていくと、握り方にも色々な方法があったみたいで、結局は最初から読んでいくことになる。
「へぇー基本の握りは今日オリバーさんたちに習ったやつで、そこから片手持ちの場合の握り方があるんだ……剣の振り方に慣れたら試してみるのもありか……」
そのまま本を読み進めると素振りの項目に入り、僕は益々熱中して本を読むことになっていく。そしてどうしても試してみたくて、本を開いたままベッド脇に置いたら、僕はベッドから降りてマジックポーチから剣を取り出した。
「ここをこう握って……位置は体の中央を意識するように構える……おおっ、なんか剣士っぽいかも……」
それから僕は指南書に書いてある通りに剣の位置を意識したまま、ゆっくりと素振りにならない素振りを試してみるのだった。
「なんか太極拳の剣バージョンみたい……ゆっくりすぎて素振りになってないよね……」
そう独り言ちた僕だったけど、どのみち素振りを部屋の中で始めては家財道具とかに当たってしまう可能性もあるため、太極剣(僕命名)を続けては、とにかく剣の位置が指南書通りになるよう意識したまま、その線がブレないように心掛けていく。
僕はある程度その練習を続けたら、明日もオリバーさんたちとの訓練があることもあってか、疲れを取るために眠りにつくのだった。
そして翌日、僕はオリバーさんたちと合流を果たしたら、練習場所となる森へと向かって街を出発した。
それから目的地へ到着すると昨日の復習からということで、剣の握り方からやるように言われる。それを実践して見せるとオリバーさんから合格をもらえて、次は僕の筋肉痛の原因でもある素振りの練習へと入った。
「んおっ!? なんか昨日よりも様になってないか?」
「確かにそうだな。綺麗に剣を振れてる」
「帰って自主練でもしたのかしら?」
「真面目そうな子だもんね」
オリバーさんたちから褒められる声が僕の耳にも入ってきて、何だかこそばゆくなってしまうけど、これが隠れて努力した結果を見せた時に相手から褒められるってやつなんだと、その時に感じた。
だけど嬉しくなったのも束の間、僕の両腕は筋肉痛で悲鳴をあげてしまい、その痛みで剣を振る線がブレてしまう。
「うっ……」
「あぁぁ、こりゃ筋肉痛だな」
「違いねぇ、細っちょろい体してんもんな。今まで何食って生きてきたんだ? 野菜のみとかか?」
サイモンさんからそのようなことを言われてしまうけど、こう見えても土方のアルバイトをしてたんですよ? 剣を振る筋肉は違う筋肉を使っているみたいだから、仕方がないんです。あと、野菜だけじゃなくて肉もちゃんと食べてましたから。
「少し待ってね」
マルシアさんがそう言ってくると、そのあとは何やらブツブツと言っていて、それが終わると僕の体が光に包まれた。
「え……これ何ですか?」
「回復魔法よ。クキ君の筋肉痛を回復させているの」
「そ、そんなことが魔法でできるんですか!?」
「あまりオススメはしないけどね。これは成長する自然回復力を無視したやり方だから、自然回復力が成長する前に筋肉を修復させると、次の筋肉痛が長引くわよ」
な……なんてことだ……渡りに船と思ったらとんでもない落とし穴があった。至れり尽くせりなんて安易な考えは、あの女神様が許さなかったんだろうな。
「でも、ありがとうございます。痛みがなくなったから、これで今日の素振りの指導を受けれます」
「あぁぁ、それなんだけどな。今日はホーンラビットを狩るぞ」
「えっ……!?」
「さっきの素振りを見せてもらった時に、ホーンラビットを狩るには充分だと感じた」
「ああ、綺麗に剣を振れていたから、ホーンラビットなんざ簡単に狩れるぜ」
「で、でも……戦うにはまだ……」
「大丈夫だ、何もいきなり1対1で戦えって言ってるわけじゃねぇ。俺たちが弱らせたやつと戦ってもらうだけだ。それなら敵の動きも悪いし、クキも充分に避けられる動きができる」
オリバーさんとサイモンさんの提案で、素振りだと思っていた僕はホーンラビットと戦うことになってしまう。
そして、いきなり戦わせないと言ったのは本当のようで、ホーンラビットをオリバーさんたちが見つけると、サクサクと攻撃しては弱らせてしまった。
それから僕の出番がやってきてホーンラビットへ視線を向けるけど、よろよろとしていて僕へ攻撃するような余力が残っていないようにも思える。
これって、あとはただ剣を突き刺すだけで倒せてしまうのでは? 戦うと言うよりトドメを刺す係なような気がする。
ホーンラビットだけに、兎にも角にもいきなり動き出したら剣術に慣れていない僕は剣を振れないので、充分に警戒をしながら少しずつ近づいていくけど、見た目が角のあるうさぎなだけに、どうしても動物虐待の絵面が頭に浮かんでしまい足が竦んでしまう。
「クキ、怯むな! そいつは魔物だ。その角で力のない人間を殺すんだぞ!」
「そいつは放っておいてもそのうち死ぬが、元気なやつは人間を襲うぞ! お前だって襲われそうになって逃げ出したんだろ? そうやって人間を襲っては角で突き殺すんだ」
「クキ君、頑張って!」
「力のない街の人たち守ると思って、勇気を振り絞って!」
オリバーさんたちが一生懸命になって僕を激励してくれるけど、この魔物が怖いんじゃなくて、うさぎに似た生き物を殺してしまうという忌避感の方が心を占めていた。きっと平和な世界で育ったがゆえの弊害かもしれない。あっちの世界のうさぎは可愛かったし……
元の世界では生き物を殺すなんて、小学校の頃の解剖くらいでしかしたことがない。しかもあれは厳密に言えば既に殺されたあとの死骸だったし、僕の人生でちゃんと殺したと言えるのは、憎きGやハエ、そして蚊たちくらいしかない。
死なせてしまった生き物であれば、子供の頃に捕まえた昆虫とかも入ってくるけど、自分の意思で殺したのは害虫くらいしかいないのだ。
そして、今もまだオリバーさんたちの激励が聞こえている。僕を奮い立たせようと必死に応援してくれている。
(あれは魔物でうさぎじゃない……あれは人を殺す魔物で可愛いうさぎじゃない……)
何度も何度も自分にそう言い聞かせては余計な考えが頭をよぎらないように、必死に目の前にいる死にかけのホーンラビットが敵であるのだと、無理やりにでも自分へ言い聞かせる。
そして、ついに僕は動いた。
「うわぁぁぁぁっ!」
剣越しから手に伝わる何かを斬った感覚……耳に届いてしまったホーンラビットの断末魔……
僕は瞑っていた目をゆっくり開けてみると、それを見てしまった。目の前のホーンラビットに刺さっている僕が握りしめている剣……そして飛び散っている赤い血……僕の服や装備にもそれが付着していた。
「うっ……」
堪らなくなった僕はホーンラビットが視界に入らない所まで走ると、地面に手をついて思い切り吐いてしまった。
「お"ええぇぇぇぇ――」
もはや自分の手や服に吐瀉物がかかることなんて気にならないくらい、僕の頭の中はぐちゃぐちゃになっている。
「お前はよく頑張った。偉いぞ」
「お前のその行動がいつか弱い人たちを救う力になるんだ」
吐いている僕の両肩にそれぞれオリバーさんとサイモンさんの手が乗ると、ミミルさんやマルシアさんも僕に声をかけてくる。
「クキ君……割り切れるものじゃないけど、いつかは割り切らないといけないことなの」
「クキ君が頑張った分だけ救われる命があるのよ」
「僕は……僕は……生き物を……ころ……殺して……」
「クキ君、私も最初に生き物を殺した時は頭から離れなかったわ。しばらく夢で見てしまうの。血塗れになったホーンラビットが私をずっと見てるのよ」
「私もそうよ。魔物だから殺さないとこっちが殺されるのに、いざ殺してしまうと頭にこびりついて離れないの。私は悪くないのに、悪い人になった気持ちが心を占めるの」
「クキ、俺はそういう気分になったことがないから、慰めるようなことはしない。だからお前のことを褒めることしかできない。もう1度言う、よくやったクキ。お前は偉いんだ!」
「俺も同じだな。クキの抱える気持ちは、同じ気持ちを抱えたことのあるやつにしかわからねぇ。だから俺も褒めることしかできねぇ。よく頑張ったなクキ。お前は立派な男だ!」
それから僕は気持ちが落ち着くことはなかったけど顔を上げて立ち上がると、オリバーさんたちの方をちゃんと向いて感謝の気持ちを告げた。
きっとオリバーさんたちがいなかったら、もう立ち直れなかったと思う。ずっとずっと薬草採取や溝掃除ばかりをやって、贅沢するには少ない賃金で細々と暮らしていたと思う。
でも、これからは僕を励ましてくれたオリバーさんたちや、慰めてくれたミミルさんたちへ顔向けができるようにちゃんと頑張っていこうと思う。しばらくは無理かもしれないけど……せめて最初はうさぎの魔物じゃない方が良かったなんて思ってしまうのは、他の人たちからしてみれば贅沢なんだろう。
「よし、今日はパーッと飲んで食うぞ!」
「おう! クキの初討伐達成パーティーだ!」
「もう、酒に酔ってクキ君に迷惑かけないのよ? あと、騒ぎすぎてお店の人に迷惑をかけないこと」
「馬鹿2人は放っておいて、クキ君は私たちと静かに食事を楽しみましょうね」
そのあとは僕の視界に入らないように、オリバーさんが自分の体で隠してホーンラビットの解体を始めたから、僕は殺した者の責任として気持ち悪さを我慢しながらも、オリバーさんに近づいては解体作業を見学する。
するとオリバーさんは「お前はやっぱり偉いぞ」って言って、僕にもわかるように解体順序を喋りながら手本を見せてくれた。
そしてホーンラビットの解体が終わったところで、オリバーさんたちが僕に気を使ってくれて、今日はもう街へと戻ることになった。
その後は、夕食をオリバーさんたちと一緒に摂ることになったが、僕はスープやサラダといった軽食だったが少ししか手を出せず、肉類を見てしまうとホーンラビットのことが頭に蘇ってきて、極力周りの人たちが食べている肉料理を見ないことにした。
そのような僕の行動にオリバーさんたちも合わせてくれて、肉類が一切ない軽食のパーティーとなる。
オリバーさんやサイモンさんは食事よりもお酒といった感じで酒盛りを楽しんでいて、ミミルさんとマルシアさんはお酒を控えめに軽食を楽しんでいた。
きっと、僕が思い出してしまわないように、わざと盛り上げてくれているのかもしれない。その気持ちがとても嬉しかった。
そして、5人での食事会も終わり、気を使ってくれたオリバーさんたちに改めてお礼を伝えて、僕は宿屋に帰ることとなる。
それから宿屋についた僕は部屋に戻ると、ベッドに横になって気落ちしたまま色々と考えてしまう。
「父さん……とうとう僕は生き物を殺しちゃった……魔物だから殺さないといけないんだけど、最初はスライムとかで慣らしたかったよ……初めての殺しでうさぎはないよね、うさぎは……」
この世界の人たちからしてみれば僕の考えは甘いものだとは理解しているけど、やはり元の世界でも見たことのあるうさぎというのは、忌避感を感じずにはいられなかった。
ずっとこの手で殺したホーンラビットのことが頭から離れず、ぐるぐると堂々巡りの思考を繰り返しているうちに、僕は意識を手放すのであった。
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