異世界転移した少年は今日も頑張って生きています ～拝啓 父さん、今日も元気に過ごしていますか？～

第３話 拝啓 どうやら異世界転移のようです

　僕が高校生活とアルバイトを頑張っていたとある日のこと、生徒会選挙で次期生徒会会長や新規役員が決まり、各クラスに割り振られているＬＨＲの時間を使って、挨拶回りをするといったことを新規生徒会役員一同が行っていた。

　僕のクラスでもある１年３組でもＬＨＲの時間に新規生徒会役員が挨拶に来るらしくて、この時間が中間テストに向けての自習時間として宛てがわれることになる。

　担任の先生がそのように説明をしたら、うちのクラスにやって来た教育実習生にあとのことを任せると職員室へと戻っていった。

　そしてしばらくしたら生徒会役員がやって来ては挨拶を済ませていき、それが終わると生徒会役員たちが次々と退出していく最中に、思いもよらないことが起こったんだ。

　次期生徒会長が他の役員に続いて最後に教室を出ようとした時、教室の床に大きな魔法陣が眩しい光とともに現れると、わけもわからない状況でも必死に教育実習生としての役割を果たそうとしているのか、先生が生徒たちに呼びかけている。

「みんな落ち着いて、落ち着いてください！」

「な、何だこれ!?」

「これってまさかっ!?」

「これが何か知ってんのか!?」

「これってアレじゃないのかっ!?」

　誰が決めたか知らないけどクラスカーストという制度の上位にあたる男子たちが騒いでいたら、それに引き続いて女子たちも騒ぎ出してしまう。それによって隠れオタクだということがわかってしまった。

「私はゲームの悪徳令嬢へ転生したいのー！　転移はイヤー！」

「推しメンよっ、推しメンのゲーム世界へ行けますように……」

「プリンスラブリーの鷹也様に会えますように……」

「何よそれっ?!　あんたらオタクだったの!?」

　そして教室内の隅では、クラスカースト最底辺にされているオタク扱いされている人たちが即座に集まり、思い思いの期待を胸にボソボソと小さく騒ぎ立てているようだ。

　ちなみにそのオタク扱いされている人たちは、高校でできた新しい僕の友達でもある。たまに小説を貸してくれたりするのだけど、意外とその小説が面白くて僕にとっては密かな楽しみだったりする。

「……異世界転移キタコレ……」

「……エルフ……エルフ推しで……」

「……某は獣人のモフモフが良いかと……」

「……エロフは存在するのでござろうか……」

　そのような中でも怠そうに状況を楽観視しているのは、周りからは食み出し者の不良と見なされている者たちだった。

「なぁ、これって何だ？」

「オタクたちがいつも騒いでるやつだろ。異世界転移とかいう……」

「マジでだりぃ……今日はソシャゲのイベント日だってのに」

「ってゆーか、このあとのカラオケ行けないよね？」

「もう、激おこプンプン丸だよ！」

「マジ卍ー」

　こんな感じでクラスのみんなが騒いでいる頃、別の場所では役員の女子が次期生徒会長に選ばれている先輩に向かって叫んでいた。　

「生徒会長！」

「私はまだ生徒会長ではないよ。次（・）期（・）だ、次（・）期（・）。まだ現任の生徒会長殿がいるんだ。そこのところ間違えないでくれたまえ」

「そんなこと言ってる場合ですか！　早くこちらへ！」

「いや、私も行きたいのは山々なんだが……見えない壁が邪魔してるみたいだ」

　そう答える次（・）期（・）生徒会長（本人のこだわりかな？）はパントマイムをしているかのように、見えない壁をペタペタと触っている。

「ふむ……これはこれでパントマイムの練習になるな」

「そんなことやってる場合じゃないです！」

「何を言う。武芸百般と言うだろ？」

「パントマイムは武芸じゃありません！」

「それもそうか……では、一芸に秀でる者は多芸に通ずると言い換えておこう」

「パントマイムを極めちゃって、いったい何を目指すんですか!?」

「それは未来の私に言ってくれ。今の私ではわからないよ」

「未来に存在する生徒会長に、現在にいる私が言えるわけないじゃないですか！」

　傍から見れば漫才の掛け合いみたいに、ボケとツッコミをしている女子役員と次期女子生徒会長。何気に息が合っているような気がする。

　慌てる女子役員のツッコミに対して次期生徒会長が冷静にボケで返していく光景は、何とも言いがたいものがあると思う。

「そうだ、両親に帰りは遅くなると伝えておいてくれないか？　今日は私の好きなミートソーススパゲティのはずだ。食べたいから取り置きを頼んでおいてくれ」

「この状況でなに晩ご飯の話をしているんですか!?」

「いや、ミートソーススパゲティは絶大なんだ。お子様ランチとかにも乗っているだろう？　悲しいことにナポリタンという場合もあるが……」

「ミートでもナポリでもどっちでもいいでしょ！　ってゆーか、もしかしてそれのためだけに、お子様ランチを頼んだりしていませんよね!?」

「そうカリカリしては肌が荒れてしまうよ？　今日は早めに寝るといい」

「もう、いやーっ！」

「ふむ……思春期の女子という者は情緒不安定なのだな」

　このように会話はできているというのに、どうにも噛み合わない次期生徒会長とのやり取りで、とうとう女子役員は対処不能と判断したのか匙を投げてしまう。僕もちょっと関わりたくないと思うような人だ。

　その次期生徒会長は匙を投げた女子役員を見ては、斜め上の発言をして更に混沌を撒き散らしていた。

　そしてこの日僕たちは、現代社会からその姿を消してしまうのだ。その後のことは何が起こったのかわからないけど、ある程度は予想ができる。

　多分、すぐに現代文明ゆえかネットで拡散されていき、臨時速報としてニュースになっては校門付近にマスコミが殺到し、更にパトカーが何台も高校へやってきては、警官たちが教師や生徒たちへ事情聴取をしたりするのだろう。

◆　◇　◆　◇　◆

　そこは見渡す限りの白い空間。ここに僕たちは座っている状態で転移されたみたい。一部の人たちは本当に異世界転移が始まるのだと思っているみたいで、ワクワクしながらお喋りをしているようだ。

　そして意味のわかっていない人たちには周りの人が説明をしながら、騒がず落ち着くように言い聞かせている。

「ようこそ、みなさん」

　そのような時、いきなり聞こえてきた透き通るような声に反応したみんなが、その声の主を捜し始めてすぐさま見つけてしまうと、白い衣服に身を包んだ絶世の美女が立っているのを目にする。

　その人は、銀髪のストレートロングに桃色の瞳が特徴的な神がかった姿をしている。

　うん、あんなに綺麗な人は見たことがない。形容しがたいって、こういう時のことを言うのだろうか。

「綺麗……」

　誰とはなしに呟いた言葉が聞こえていたようでその女性が微笑んだら、お礼の言葉を返して自己紹介を始めた。

「私は貴女たちの知識で言う女神です。もうお気づきの方もいらっしゃるようですが、貴女たちは勇者召喚によってこれより異世界転移をします」

　その言葉を聞いた一部の生徒たちは喜んでいるが、知識のない生徒たちは状況を呑み込めずにいる。いきなり神様って言われても、事態を飲み込めないよね。

　それから女神様はこれから向かう転移先のことを適当に説明していくと、勇者召喚特典として全員に共通のスキルを付与することを伝えてきた。重要な転移先のことを適当に説明されても困るんだけど。

「貴女たち全員の共通スキルは【言語理解】です。これがないと外国に行くようなものです。ちなみにスピ〇ドラ〇ニングはありませんので、このスキルがないと何も教材がない状態から、何とかして自力で覚えるしかありません」

　まさか女神様がスピ〇ドラ〇ニングを知っているなんて……神様だから当然なのかな。まぁ、わかりやすい例え方で僕も理解できたけど。

　そのようなことを僕が考えていると、教育実習生である先生が手を挙げていた。

「はい、そちらの方。発言を許可します」

「あ、ありがとうございます。私も少しは携帯小説でそれ系を読んでいたりするのでわかるのですが、大前提であることをお尋ねします。私たちは元の世界へ帰れるのですか？」

「それは転移先の国にて説明を受けてください」

「え……その、女神様のお力で帰してもらえたりとかは……？」

「貴女たちを喚び出したのは現地の方です。私が神託を下して喚び出したのなら、私の力でどうにでもしましょう。ですが、私はこの件に一切関与しておりません。つまりどういうことかわかりますか？」

「この件に関与していない以上、お力を使われないとか……？」

「当たりです。酷い言い方になりますけど、神というものは基本的に人がどうなろうと知ったことではありません。私のよく知る方はこう言いました。『神と人とでは持ちうる力が圧倒的に違うゆえに視点が違う』と。貴女たちにもわかりやすく言えば価値観の相違です」

「そう……ですか……」

　うわぁ……早くも容易には帰還できないことを言われてしまった。先生は女神様の返答に意気消沈したようだ。

「他に何かありますか？」

「で、では、与えられるスキルは【言語理解】だけなのですか？　私の知りうる限りでは、それだけだと村人同然の力しかないような気がします」

「それを説明している最中に貴女が質問をしましたので、中途半端になっています」

「ご、ごめんなさい……」

「別に構いません。貴女は礼儀正しい人のようですから。無礼な者でしたら何もあげず異世界へ放り投げています」

　女神様が告げた内容を聞いた一部の人たちは、一様に生唾を飲み込んでいる。もし無礼を働いてしまえば、村人同然で見知らぬ土地へ放り出されると言われたのだ。それを想像するだけで平和な世界からやって来た僕たちにとっては、ただただ恐怖でしかない。

「では、続きです。今のままの貴女たちでは、異世界で１番弱いとされる村人のままです。例えて言うならば貴女たちの今の身体能力で、モンスターの出るゲームの世界を生き抜くようなものです」

　そこで女神様がみんなを見渡した。

「まだ意味がわかっていない方は、後ほど知っている方に尋ねてください。それで、そのまま転移したらあっさり死にますので、微力ながら私からのプレゼントがあります」

　女神様からの「あっさり死ぬ」という言葉に場は騒然としかけるが、この場にいる一部の人たちが女神様の“プレゼント”と言う言葉に反応すると、またもやガヤガヤとし始めている。

「私からのプレゼントはこちらです！」

　パチンっと指を鳴らした女神様の近くに大きなガチャガチャが出現すると、それを見ていたみんなから困惑した声や、ある程度の予想をして喜んでいる声が漏れだしていた。

　僕もガチャガチャをするのは久しぶりだ。今思えば大したことのない物でも、子供の頃には宝物のおもちゃのように思っていたこともある。

「異世界転移を知らない人がいるようですが、ソシャゲを少なからずしていることは既に確認済みです。どうやらほとんどの方は察しているようですね。これは貴女たちの世界で言う【ガチャ】です。ちなみに課金システムはありませんのであしからず」

　みんなは目の前に出現した【ガチャ】によって、女神様の指し示すその意図を理解しているのか、神を目の前にして既に神頼みしている者さえいる。

　……僕も神頼みをしておこう。目の前にいるんだからきっとご利益があるはずだ。

「この【ガチャ】の中身は職業です。その職業によって覚えられるスキルがそれぞれ変わってきます。引き当てた職業の基本スキルは最初から覚えていますが、それ以外になると貴女たちの努力次第です」

　女神様の『努力次第』という言葉を聞いた人たちは、その可能性に期待をする人や、逆に努力が嫌いで面倒くさそうにする人と、様々な反応を見せている。そのような中でも、女神様の説明は続いていく。

「例えば【剣士】。この職業の基本スキルの一部に【剣術】と言うものがあります。現地人はコツコツと努力をしてそれを習得しますが、貴女たちは最初から覚えた状態で始められます。早い話がチートですね」

　ここでようやく出た“チート”という言葉を理解している人たちは、一段と沸き立ちザワザワと騒ぎ始める。

　借りた小説の中にもあったな。チートを手に入れて「俺TUEEEE」ってしている主人公の姿が。

「ふふっ、どうやら早く【ガチャ】を引きたくて、ウズウズしているようですね」

　確かに引いてみたい。ガチャガチャを回すなんて何年ぶりになるんだろうか。

　それから女神様は【ガチャ】に含まれるレアリティと、そこに分類されている職業の種類を説明しだした。

ＵＲ：【勇者】、【英雄】、【女傑】、

　　　【賢者】、【聖人】、【聖女】、

　　　【マスターアルケミスト】、

　　　【マスタースミス】、

　　　【マスターテイマー】、

　　　【マスターサモナー】、他

ＳＳＲ：【〇聖】、【大魔導師】、【大神官】、

　　　　【聖騎士】、【上級錬金術師】、

　　　　【上級鍛冶師】、【上級調教師】、

　　　　【上級召喚師】、他

ＳＲ：【〇豪】、【魔導師】、【神官】、

　　　【軽騎士】、【重騎士】、【中級鍛冶師】、

　　　【中級錬金術師】、【中級調教師】、

　　　【中級召喚師】、【占星術師】、

　　　【大商人】他

ＨＲ：【〇術士】、【魔術師】、【回復術師】、

　　　【騎士】、【女騎士】、【錬金術師】、

　　　【鍛冶師】、【調教師】、【召喚師】、

　　　【医師】、【調合師】、【占い術師】、他

Ｒ：【〇士】、【魔法士】、【回復士】、

　　【薬士】、【占い師】、他

※　〇：各種武器　例：剣士、拳士、槍士、弓士等

　　〇術士：魔法が扱える

　ひと通りの説明が終わると女神様は質問時間を設けてくれて、僕たちにわからないことは質問するよう言ってきた。

「ノーマルは出ないってことですか？」

「出ません。ノーマルは村人とかの職に該当しますから。農夫や木こり等をやりたいのであれば付け加えますけど？」

「いえ、ない方がいいです！」

　クラスメートが早速質問をしてその答えを得ると、次々と別のクラスメートたちも質問をしていく。

「職人系でレア度が変わるのは、やはり作り出せる範囲が変わるということですか？」

「そうです。例えば鍛冶師で言うならＨＲは普通の武器を作れます。ですが、それは普通なだけです。しかし、マスタークラスはそれに付与効果などをつけたり、基本性能が最初から優秀であるより良い武器を作り出したりできます」

「下級職から上級職へ至ることは可能でしょうか？」

「可能か不可能かで言えば、可能です。ですから、レアリティの低いものを引いてしまったとしても、気落ちする必要はありません。ですが、クラスアップには並々ならぬ努力が必要となります」

「【ガチャ】は何回まで回せますか？」

「１回です」

「回数を増やすことはできないんですか？」

「課金システムを取り入れれば可能です。流行りの１０連ガチャプラス１回分オマケみたいな、１１連ガチャをすることもできます」

「課金するには今手持ちがないので、口座引き落としでも可能でしょうか？」

「それは不可です。ここではお金に価値なんてございませんので、支払いは寿命となります。１回増やすのに１年の寿命を支払っていただきます」

　女神様から告げられた寿命払いと言う内容を聞いてしまった僕たちは、先程までの勢いをなくして静まり返ってしまう。

　それも仕方のないことだと思う。だって課金するためには、寿命を代わりに差し出せと言われてしまったのだから。

「他に質問はございませんか？　ないなら早速【ガチャ】を回していただきます。回数を増やさなければ寿命はとりませんのでご安心ください」

「さ、最後に１ついいですか？」

「何でしょうか？」

「ＵＲは１個ずつですか？　それとも何人でも同じ職業になれたりするのですか？」

「個数に制限はありません。極端な話を言いますと、ここにいるみなさんが全員同じ勇者になることも、天文学的数字ではありますけど確率としてはあります」

「わかりました。ありがとうございます」

　クラスメートからの最後の質問が終わると女神様が【ガチャ】を回すように促してきて、それを聞いた先生は１番手に名乗りを上げた。

　だが、女神様の口にした言葉で気勢を削がれてしまったようだ。

「物欲センサーには注意してください」

「えっ、やっぱり存在してたんですかっ!?」

「よく日本人が言っていますから取り付けてみました」

「それだとＵＲって出ないんじゃ……」

　先生の言葉を聞いた女神様が少し逡巡すると、何やらおもむろに口を開いた。

「……それもそうですね。物欲センサーは消しましょう。代わりに勇者召喚イベントガチャということにして、各レアリティのシークレットを入れておきます。一般的にその職に就ける人が少なかったり、誰も就いていなかったりする希少職です。何があるかは引くまでのお楽しみですね」

「シ、シークレット……」

　女神様の“シークレット”という単語に、早くも先生がソワソワし始めてしまう。もし、物欲センサーが付いたままだったら、先生はしょうもない職業を引いてしまっていたに違いない。

　そして、先生は“シークレット”という単語が頭から離れないのか、傍目から見てもわかるくらいにはソワソワとしているが、意気揚々と中身が見えない【ガチャ】の前へと立つのであった。