第2話 プロローグ2
あの出来事から俺の日常は変わってしまった。松葉杖先輩の言っていた先輩が本当にやって来て、「後輩を可愛がってくれたお礼だ」と言うと喧嘩をふっかけられてしまったのだ。
不良たちはお礼をするのがブームなのか? 全く理解できない思考回路だが、その先輩も結局のところボコボコにしてしまうと不良たちの連鎖反応が起こり、来る日も来る日も不良たちが「お礼参りだ」と口にしては、お礼をしにやって来るようになってしまった。
そして俺はその分だけ喧嘩の経験を積んでしまうため、相手からしてみたら敵に塩を送っている形となることに気づいてすらいない。
ちなみに父さんには、もう俺が喧嘩に明け暮れていることがバレてしまっている。その理由は2回目の喧嘩が原因だ。
その2回目の喧嘩でまたもや救急車のお世話になった松葉杖先輩が、不良の癖に親に対して泣きついたのだ。「何もしていないのに殴られた」って親に伝えたらしい。しかも実に面倒なことに、あの場にいた不良仲間たちと口裏を合わせていたようだ。
そして、その両親が学校にやって来て教師たちに物申すと、教師は松葉杖先輩がいつもつるんでいるビクつき先輩たちを呼び出して、4人で2年生の教室を回って俺探しを始めたのだ。
当然のことながら俺はすぐに見つかってしまう。何せ真面目に登校しているのだから。
そんなことが裏で起こっていたある日のこと、俺は教師に連れられてしまい、クラスメートたちの「何事だ?」という好奇の視線に晒されながら、応接室へと行くことになるのだった。
「あなたがうちの子に怪我をさせた生徒ですか?」
俺が入って来た途端に誰かも名乗りもしないで開口一番にそう言う保護者に対して、俺はありきたりな返答を返す。
「うちの子がどの子かわかりませんけど」
「まあ、目上の人に対してその態度! 親の顔が見てみたいものだわ!」
態度を改めて欲しいならまずは名乗れよと言いたいところだが、父さんを引き合いに出すのだけは許せない。
「黙れ、ババア」
「――ッ!」
「九鬼君! 親御さんに対してその態度はないだろう。即刻謝りたまえ」
「教頭先生、モンピアが怖いからって状況も把握せずに俺を責める気ですか? 教育委員会に相談しましょうか? 今の時代、教師の不祥事はマスコミが食いつくでしょうね」
「――ッ!」
俺だって何もせず待ち構えていたわけではない。もしも仮に学校から何か言われた場合の対処方法として、ネットで色々と調べてあるのだ。学校側が言われて嫌なワードとかを。ネット社会万歳である。
それからは、とりあえず向こうの父親が母親を宥めて、俺は対面のソファに腰を下ろすことになる。
「うちの家内が失礼なことを言ってすまない。私は山田健二の父親なのだが、今日は息子が怪我をした真相を知りたくて話を聞きに来たんだ」
なんとあの母親とは違い、父親の方はとても良識人に思えてしまうほどの格差があったので、俺もちゃんとした態度で話すことにした。
「こちらこそ、売り言葉に買い言葉で失礼をしました。俺は九鬼と言います。そして言わせて頂けるのなら、山田健二という人は知りません」
「……知らない? おかしいな? 息子の友達に喧嘩をした相手を連れて来て欲しいと頼んだのだが……」
「喧嘩をしたのは事実ですが、俺は相手の誰1人として名前を知りません。更には相手となったのは先輩であり、日頃から接点があったという訳でもないので、山田健二という名の人を知らないのです」
「ああ、そういうことか。それなら、松葉杖をついていた先輩は知っているかい?」
「松葉杖先輩なら嫌というほど知っています」
「松葉杖先輩?」
「名前を知らないので、その時の特徴であだ名をつけているだけです。ちなみに友達であろう2人の先輩たちは、ビクつき先輩と心の中で呼んでいます」
「はは、それは面白い。しかし、松葉杖先輩なら松葉杖を使っている時限定になるな」
いや、まさか……あだ名のことで怒りを買うどころか、逆に笑いを拾えるとは思っていなくて俺がキョトンとしていると、父親の方は笑っていたのだが、母親の方はカリカリしていた。
「あなた! なに笑っているの! この生徒は健二に大怪我をさせたのよ!」
「落ち着け。両方の話を聞いて真相を知るために今日は来たんだ」
「健二が嘘をついているとでも言うの!」
「8割ほどな。残りの2割は情けだ」
「――ッ!」
自分のパートナーである夫が、息子を全く信用していないことを明言したためか、母親の方は目を見開いて唖然としてしまっている。
どうやら父親の方は松葉杖先輩が嘘をついていると見抜いているみたいだ。何を言ったのかは知らないけど、親が学校に乗り込んでくるあたりろくでもないことを言ったに違いない。
「それで、九鬼君。まずは1回目の喧嘩から確認させてくれ。あの時は息子が無免許運転をしていたものでバタバタとしてしまってね。それで、怪我の事を聞いても何で病院に運ばれたのかを教えてくれなかったんだ。そこを教えてくれるかい?」
「下校中にカツアゲされました。ガソリン代が欲しかったみたいで」
「嘘おっしゃい! 健二がそんな不良じみたことをするわけないわ!」
正直に話したというのに、母親はそれが信じられないと噛みついてくる。ヒステリック過ぎないか、この母親は。
「無免許運転をしている時点で不良だと思いますけど? もしかして法律違反をしている生徒が優等生とでも言うつもりですか?」
「あれは好奇心に勝てなかっただけよ! 男の子なんだからバイクにくらい憧れるわ!」
「つまり好奇心に勝てなかっただけなら、人すらも殺して良いと? あなたの言い分はそういう風に聞こえてしまいますけど?」
「無免許でバイクに乗ったことと人殺しを一緒にしないで!」
「無免許運転の者が人をはねたという事案は過去にもありますが? そういう時はどう言い訳をするつもりなんですか?」
「――ッ!」
俺がネットで収集した情報をもとに対策を練っていたためか、ヒス母に対してスラスラと攻め立てていたら、ヒス母がぐうの音もでないほどに追い詰められたところで、良識父が口を開いた。
「まぁ、九鬼君。その辺で許してくれ。お前は横から口を挟むな。この話は俺が進める」
「あなた!」
「わかったな?」
「……はい」
良識父の言葉によってヒス母がだんまりしてしまうと、良識父が話を進めるために俺に視線を向けた。
「それで、健二がカツアゲしたというのは事実で間違いないんだね?」
「はい。ちなみにその時の財布とお金はこういうことがあった時のために、ビニール袋に入れて保管してあります。証拠が欲しいというのなら、指紋鑑定機関に指紋照合を依頼してもいいですよ」
「……ふむ。色々と調べてあるようだね。それなら健二がカツアゲしたというのは事実なのだろう。つまり君は、自分のお金を守るためにやり返したというわけだ」
「はい。俺のお金は父さんが頑張って働いて稼いだお金なので、返す気もない松葉杖先輩に貸す余裕なんてありません。本人は『そのうち返す』と言っていましたけど、最終的には『ボコボコにしてからもらう』と言いました。その後は、今後も金をよこせと。あとは、親からもらえなかったら盗んででも用意しろとも言われましたね」
「まったく……どこで育て方を間違ったんだろうか……成人していれば完全に逮捕される案件だ」
俺が淡々と告げていく事実に良識父は真摯に受け止めていたが、ヒス母は未だ信じられないといった表情でいる。
もしかしたら自分の息子が犯罪者予備軍? むしろもう犯罪者? まぁ、どっちでもいいけど、信じたくないのかもしれない。
「つまり話の流れで行くと、2回目の病院送りは健二から仕掛けたお礼参りと言ったところかな?」
「そうですね。その時に6人で待ち伏せされていて慰謝料を払えと言われました。更には無免許運転でまたバイクに乗るつもりらしくて、新車が買えるほどの金をよこせと」
「あいつ……退院したら殴るか。俺が病院送りにしてやる」
おぅ……松葉杖先輩の3回目の病院送りが確定しそうだ。そもそもこの父親は見た目からして大人しそうな人なのに、結構過激な発言をしているような。もしかして、昔は不良でしたとかそういうオチなんだろうか。それならば松葉杖先輩が不良になってしまうのも頷ける話なんだけど。
「何はともあれ、真相がわかって良かった。九鬼君には多大な迷惑をかけてしまったようだ。心から謝罪しよう」
そう言って父親が頭を下げて母親がそれを見てポカンとしていると、それに気づいた父親が無理やりに頭を下げさせて謝罪させている。
「良かったですね、教頭先生。状況も把握せずに無闇矢鱈に俺を責めていたら、教育委員会とマスコミの対応に追われるところでしたよ? しかも、校長先生からのお叱り付きで」
俺の言った言葉に教頭先生は苦虫を口いっぱいに噛み潰したような表情となり、ここで何かを言えば更なる反撃を受けてしまうと感じ取ったのか、何も口にはせずにただお口にチャックをしているだけだった。
まぁ、仮に何かを言われても、こっそりとスマホのボイスレコーダーを起動させているので、これをネタに更なる反撃をさせてもらうだけになることなんだけど。
その後は山田健二こと松葉杖先輩の両親に別れの挨拶をして、俺は教室に戻ることになる。
そしてその日の晩に父さんと団欒していたら、インターホンが鳴ったので出てみると、そこには松葉杖先輩の両親が立っていたのだった。
その後のことは言わずもがな。父さんに隠していた喧嘩のことがバレてしまい、更には相手に怪我を負わせたとして、松葉杖先輩の両親に対して一生懸命に謝罪をしたのだ。
それに対して松葉杖先輩の両親は、と言うよりも父親の方が「悪いのはカツアゲをしたバカ息子の方ですから」と、日本人によくある「こちらこそ」、「いえいえ、こちらの方こそ」と、頭の下げ合いをお互いに何度も繰り返しているのだった。
それからお茶を俺が用意して父親たちの話の応酬が始まり、俺と松葉杖先輩の母親は空気になってしまう。
やがて満足したのか話し合いも終わり、松葉杖先輩の両親が帰路につくと、俺は父さんから呼ばれたのでイスに座ったが、今回のことで怒られると思っていたら逆に褒められてしまった。
「泰次、父さんのお金を守ってくれてありがとう。だけどな、父さんとしてはお金よりも泰次の体の方が大事なんだ。これからは危ないと思ったらお金なんてあげてしまえ」
「でも……父さんが一生懸命に働いて稼いだお金なのに……」
「こういう言葉があるだろ? 地獄の沙汰も金次第ってな。お金で解決できるなら解決してしまえ。お金はなくなればまた稼げばいい。でも、泰次の体は変えがきかないんだ。俺はお金を失うよりも泰次を失う方が堪える」
「わかった。でも、また絡まれるかもしれない。不良ってお礼参りが好きみたいだから」
「はは、そうだな。父さんの学生時代もお礼参りって言葉がよく耳に入ってきたからな。まぁ、喧嘩を売られたなら仕方がない。負けそうな時は全力で逃げろ。三十六計逃げるに如かずと言うだろ? ただ、泰次からは喧嘩を売ったり、先に手を出したりするなよ。正当防衛が成り立たないからな。あと、やり過ぎるな。過剰防衛になってしまうから」
「つまり要領よくやれと?」
「そういうことだ。若い時の経験ってのは大人になってから役に立たないと思っていても、意外と役に立つ場面が出てきたりするもんだ」
「そうなんだ」
「勉強もそうだからな。父さんが思うに、役に立たなかった教科は理科かな? 海外なんて行くつもりがなかったから英語が1番役に立たないと思っていたんだが、グローバル化が進んでしまってみんなして難しい横文字とかを使ってくるから、父さんは会社でてんやわんやだぞ」
「へぇー英語かぁ……でも僕は英語よりも理科の方が好きだけどな」
「まぁ、人によりけりだ。自分の進む将来の道によって、役に立つ教科と役に立たない教科が分かれてしまうからな。父さんの1番必要な知識は今のところパソコンの扱い方だ。最低でも文書に表計算、プレゼンソフトを使いこなせなくては、父さんの会社では苦労するんだよ。上司からやいのやいの言われてしまって、四苦八苦する羽目になる」
「サラリーマンも大変だね」
その後も父さんから会社での仕事話とかを聞いて、上司からの無理難題に応えていくのに苦労しているやら、最近の若い子はパソコンの扱いに優れているから仕事を教えなきゃいけない立場なのに、逆にパソコンの扱い方を教えてもらっていると、苦笑いを浮かべながらも楽しそうに話してくれた。
そのようなことがあってから日々は穏やかにならず過ぎていき、話は冒頭に戻る。
今現在の俺は望んでいなかったのにお礼参りという負の連鎖で、喧嘩ばかり売られてしまう存在にまで上り詰めてしまったのだ。
その中でも俺の噂を聞きつけて喧嘩を売ってきた奴がいて、同校同学年の生徒だったことにビックリする。
何やら無闇矢鱈に喧嘩を売っては、自分の強さがどれくらいなのかを確かめているらしい。当然俺は喧嘩をしないと断ったのだが、どこから聞きつけてきたのか俺の逆鱗に触れることを言ってきたのだ。
つまるところ、クソアマに浮気されて離婚を突きつけられた父さんを馬鹿にしてきた。それにより俺はブチ切れてしまい、相手の男をボコボコにしてしまう。
そしてその男は既に意識を失っていたのに俺が止まらなかったので、その男の連れの男が俺を死に物狂いで止めて、ようやくブチ切れていた俺が止まった。
その止めにきた男もボコボコにしてしまったようだが、意識を失う前に俺が止まって助かったと言っていた。
「なんか、すまん」
「いや、喧嘩を売ったこっちが原因だ。それに力也が喧嘩をしたくて逆鱗に触れたからな。自業自得なところもある」
「こいつ、死んでないよな?」
ピクリとも動かない倒れている男を見てそう言ってみたのだが、連れの男はなんてことのないように答える。
「ただ気絶しているだけだ。目が覚めたらお前を煽ったことを後悔するんじゃないか?」
「後悔するくらいなら言うなって言っとけよ。まだイライラするし」
「……頼むからもう力也をボコるなよ? マジで死ぬかもしれん」
それから俺が帰ろうとすると、何故だかわからないけど連れの男が自己紹介をしてきた。
「俺の名字は漢数字の“十”に前後の“前”と書いて
「喧嘩に負けてる時点で無敵じゃねぇだろ。名前負けしてるじゃねぇか。名前にも負けて2連敗か?」
「はは、そう言ったのはお前が初めてだ。力也は1度も喧嘩に負けたことがなかったからな」
「記念すべき初敗北か。ざまぁだな」
「【鬼神】に喧嘩を売って負けたんだ。本人としては納得のいく敗北だろ」
「……ちょっと待て。その【鬼神】ってのは何だ? 初耳だぞ」
「自分の異称を知らないのか? 不良たちの間で流れてるぞ。【鬼神】九鬼泰次って」
「……は?」
「見た目は普通の男だが喧嘩がめちゃくちゃ強いから、名前にちなんで付いたって聞いたけどな。鬼のような暴れっぷりで、誰も勝てないから神だって。それで【鬼神】と呼ばれているって聞いたな」
「よし、そいつが誰か教えろ。今からボコりに行く」
「ま、待て。そいつも人から聞いた話だから、そいつが付けた異称じゃない。発信源が誰かはわからないんだ」
なんてことだ。知らない間に俺の異称が付いているなんて。しかも発信源がわからないとか、手の打ちようがない。そもそも不良たちの間で広まっているなら、もう発信源を潰しても意味がないような気がする。
そんな中二ネームみたいな異称が付いたことに頭を悩ませながら、俺は寝ている無敵じゃない無敵や連れの
それからしばらくの日数が過ぎると、やたら無敵と
再会した当初の無敵は少し動くだけでも体に痛みが走るみたいで、よくつんつんして遊んだものだ。
そして月日が流れて3年生となり進路をどうするかの時期まで話は進むのだが、俺としては働いて父さんの負担を減らそうと思っていたけど、それは父さんが許してくれなかった。
「泰次、高校に行かず働くのはやめておきなさい。それは将来的に険しい道のりだ。息子1人高校に行かせられないほど、父さんは落ちぶれていないぞ」
その後も父さんからの進学話が続いていき、とにかく父さんの負担を減らしたい俺は、何とかバイトをするという妥協案を父さんから勝ち取ることに成功する。
そして俺が近場の高校へ進学することを決めると、それを機に喧嘩を卒業して父さんみたいな男になることを無敵たちに伝えた。
「泰次がそう決めたらならそうすればいい」
「頑張って親父さんみたいになれるといいな」
こうして俺はその日から喧嘩はせず受験勉強に時間を割いていくこととなり、春には志望校に無事入学することができたのだった。
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