第十七話 恰好の的


「――『+138』だと……? こりゃ予想以上だな……」


 灰色に染まった故郷の入り口前、俺は早速心敷にダンジョンの難易度を置いてみたわけだが、その予想外の高さに驚いていた。


 ハスナの心に植え付けられた迷宮が『+107』だったから、それより脱出が難しいってことだ。


 以前だと、異次元の力を持つ迷宮術士の腕でも『+30』くらいが平均値だっただけに、やつがそれだけ飛躍的に力を伸ばしてきているということだろう。早く張本人を見つけて倒さないとまずいことになりそうだな……。


「うが……怖い、です……」


 オーガである彼女の言葉が全てを現わしてるが、俺は引くわけにはいかなかった。それに、あのときの俺と今の俺はまったく違う。ウェイザー師匠のおかげで奥義を会得し、なんでも精錬できる神の手も復活したんだ。


「人間怖い、です」


「……」


 なんだ、ハスナは人間が怖いだけか。まあ町は人間が沢山いる場所だからな。当然、ダンジョン化していても中に人がいるのは間違いないだろう。オーガとバレたらただのモンスターと思われるかもしれないし、下手すりゃコア疑惑を持たれて恰好の的になりそうだ。


「ハスナ、これやるよ」


「うが……?」


 俺がハスナにかけてやったのは、追放されたあと自分が着ていたフード付きのローブだ。この子にとってはがばがばだが、その分額の角を充分に隠せるし、人の目から守ってやることができる。


「これならオーガだってバレない」


「あ、ありがとうです、ハワード。でも……」


「俺はシャツ一枚とズボンで充分だ」


 ハスナに目配せしながら言ってのける。俺はもう神の手も戻って自信を取り戻したから逃げ隠れする必要なんてない。


「ハスナ、俺の肩に――うっ……?」


「うがあっ?」


 ハスナをもっと安心させようと自分の右肩に乗せたわけだが、右手がズキッと痛んだ。そうだな、体もなまってるし、この際だから『-3』になってた筋力を『0』に戻しておくか。


 カンカンカンッ――これでよし、と。3回ハンマーで叩くだけで失敗もなく元に戻った。


「うがっ、凄いです、ハワード。今筋力が上がったです」


「ああ、神精錬で叩いたからな……って、ハスナ、そんなことがわかるのか?」


「うん、目で見えた、です。私の視力、いいです」


「な、なるほど……」


 ハスナの目は単に視力がいいだけでなく、鑑定士の鑑定眼のような役割も持ってるってことか。


 そういえばオーガという種族は怪力だけがクローズアップされがちだが、狡猾に獲物の力量を見極め、弱者だけを狙うことができると聞いたことがある。もっとも、弱いやつを狙うのは生きていくための狩りをする上で当然のことだと思うが。


「でも、ハワード、気になることが」


「なんだ?」


「それ以上鍛えられるはずです。なのになぜ鍛えない?」


「ああ、それはな、これで充分だからだ」


「充分、ですか?」


「ああ、そうだ。体を鍛えるならハンマーを使わなくてもできるし、そのほうが俺としては達成感もあって心地いい。それになあ、強すぎる力は力みを生むものだし、味方さえも傷つける恐れもあるんじゃないかと思ってな」


「うが……私も力が強いから耳が痛い、です。でも、折角強くなれるのに、なんか勿体ない気もするですよ?」


「なあに、俺にはステータスに頼らなくても戦える手段があるし、何より神精錬は鍛えるだけでなく、折ることだってできる」


「折る、ですか?」


「そうだ、折るんだ。わざわざ鍛えなくても相手のステータスを折るだけですべてを凌駕できる。最初は普通に戦ってたのにじわじわと折っていくんだ。緩急ってやつで、そのほうが相手に絶望感を与えることもできるだろ?」


「う、うがぁ……ハワード、凄い。でも、ちょっと怖いです」


「ははっ。まあ嫌な人間たちとの間にあったからな……」


「なるほど、です。嫌な人間、早く折りにいくです!」


「ああ、任せろ! 俺があいつらの大事なものを全部へし折ってやる……!」


 お互いにハイテンションで会話しつつ、俺たちは今まさに灰色の町の中へと足を踏み入れようとしていた……。

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