第十八話 異形の者
「こ、ここは……」
不気味な灰色のオーラを放つ町へ乗り込んだわけだが、そこではなんとも意外な光景が広がっていた。
とにかくあまりにも普通で、ダンジョンという感じがまったくしなかったのだ。それでも町の外へいくら引き返そうとしても戻れないし、ここが迷宮術士の作り出したダンジョン内であることは間違いない。
さらに人の姿もまったく見当たらず、そのくせ視線だけはひしひしと感じるから、既にここがダンジョンになったことを住人たちも知ってるらしい。息を潜めるようにして家の中に身を隠してるのが見て取れる。
「見られているな。ハスナも感じるか?」
「はい……感じる、感じますです」
「彼らからしてみたら俺たちはどんな風に映るんだろう」
「多分、敵かどうか探ってる段階だと思うです」
「まあそんなところだろうな」
だからって逃げ隠れする気もなく、俺たちは疑われるのを承知で歩き回ることにした。そもそもコアを探し出さないと脱出不可能なわけだから。
「――うがっ、向こうのほう、何かいますよ?」
「えっ」
ここからじゃ何も見えないが……さすがハスナ、視力が抜群にいい。
というわけで彼女が指差した方向に歩いていくと、やがて本当に誰かの姿が見えてきた。背を丸めた老婆らしき人物が杖をついて歩いている。おいおい、ダンジョン内なんだから婆さんは隠れてなきゃダメだろ……。
「ハワード、行っちゃダメです。あれはモンスターだから」
「あれがモンスターだって……?」
その割りにやたらと自然な歩き方だったから驚く。たまに息切れした様子で立ち止まり、汗を拭う仕草なんかもうただの婆さんにしか見えない。町が舞台のダンジョンなだけあって、モンスターが人に寄生するのではなく上手く偽装してるってわけか。
「モンスターも郷に入れば郷に従うってわけだな……」
「ハワード? 近付いちゃダメです、あれ、強い」
「強いのか、それなら尚更行かないとな」
「腕試しですか? それは危険です」
「大丈夫だ。虎の穴どころか悪魔の巣窟だとしても、今の俺なら生きて帰る自信がある」
確かに腕を試す意図もあるが、誰が相手だろうと絶対に勝てるという確信が俺にはあった。
――お、婆さんが路上で急にうずくまった。中々の演技力だ。
「婆さん、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……ありがとうね。大丈夫だよ、お肉」
「お肉?」
「そうさ。お肉、食べれば大丈夫だよぉ」
「あいにく、肉は持ち合わせてないんでな……」
「そ、そこに……あるじゃないか、お肉なら、肉、肉肉お肉……にぐううぅぅっ!」
「っ!?」
この急な変わり様、モンスターからしてみたら獲物が話しかけてきたようなもんだろうから演技どころじゃなくなったっぽい。食欲が理性を上回った格好か。しかも婆さんがあっという間にスケルトンと化したかと思うと分裂し、俺たちの周りを取り囲むことになった。
「くっ……」
一匹に見えるだけで内部に何体もいたってわけかよ。それもこの数、ざっと数えても百匹はいるぞ。仮に奥義の心剣を使ったとしても、師匠クラスじゃないと打ち漏らすレベルの量だ……。
「ハワード、逃げて――」
『『『『『――ウボアァァッ……』』』』』
「……」
だが、俺は大量のモンスターに襲われながらも妙に落ち着いていた。
「かっ……!」
心剣――ではなく、そこからヒントを得た心鎚だ。やつらは切り刻まれるのではなく、ほぼ同時に潰されてバラバラになり、地面に溶けるようにして消えていった。万が一取りこぼしてもスタン状態というおまけつきだから安全だ。
「うがあっ……ハワードのほうがよっぽど化け物だと思うです」
「そうか? ハスナは酷いな」
「酷いのはびっくりさせたハワードのほうですよ? でも安心しました」
「そりゃよかった……ってか、ハスナのお喋りが上手くなってるな。引っ掛かりがあったのになくなってきてる」
「あ、ありがとうです……」
それだけ人間に慣れてきたってことだろう。奥義を試せただけでなく、ハスナの照れ臭そうな笑顔も見られたしまずは上々の出だしだな。この調子で進んでいけばいずれコアにも遭遇できるはずだ。
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