第十六話 灰色の町
「――あ、あれは……」
故郷の町が近付いてきたと思ったら、またたく間に灰色のオーラに包まれるのがわかった。あれは迷宮術士の仕業だ。
やつは人の心の中だけでなく、町にも迷宮の種を植えつけることができる。それが育つための養分はもちろん、そこに住む人々の暗い心だ。中でも最も暗い心の持ち主がコアとなり、それを壊さないと絶対に脱出できない異次元のダンジョンができあがる。
「行かなきゃ……」
「ハワード、どうして? 何故人間なんて助けるですか?」
ハスナの視線が痛いが、仕方ない。
「俺の故郷だからな」
「……ハワードも、人間だから? それで人間たち、助けるですか?」
「……」
この子は頭がいい。ごまかしは通用しないから正直に言ったほうがいいだろう。
「いや、俺は人間不信だから人間なんて助けたくないけど……なんていうか、理屈じゃないんだ。俺の心がなんとかしたいってざわめいてるから……」
「うが……そっかです。じゃあ、私もどうしてかは知らないけど、人間なのにハワードのこと嫌いになれないから協力する、です」
「……ありがとう、ハスナ」
俺は彼女の角が生えた頭をそっと撫でると、足並みを揃えるようにして灰色の町に向かって歩き始めた。
◆ ◆ ◆
「お父、様……?」
女王リヒルがはっとした顔を見せる。病床に伏していたはずの父が、杖をつきながら謁見の間に現れたからだ。それによって、玉座前でふんぞり返っていた大臣の顔から見る見る血の気が引いていく。
「お、王様あぁっ、お久しぶりでございまするううぅ! ご容態のほうは――」
「――お前などではなく、余はリヒルの顔を見にきたのだ。久々に具合がよくなったからのう」
「そ、それはよろしゅうございまするぅぅ……!」
引き攣った笑顔の大臣のほうを見ようともせず、リヒルのいる玉座のほうへおもむろに向かう王。
「元気にしておったか、リヒルよ」
「はい。しかし、どうして、このようなことを。しかもお父様お一人で……」
「サプライズの意味も兼ねて、だ。お前は母に似て病弱だから心配になったというのもある。余の場合はただ高齢なだけだが……ゴホッ、ゴホッ……」
「いけません。寝て、いなくては……」
「大丈夫だ。それにのう、どっちにせよこの命、もう長くは持つまい」
「そんな悲しいこと、仰らないで……」
「ホッホッホ……それより、婿選びのほうをな……」
「それ、は……」
王様の発言で、リヒルのうつむき加減が目に見えて大きくなる。
「いい加減、腹を決めるのだ、リヒルよ。早く余に孫の顔を見せて安心させておくれ……」
「……」
「それでしたら王様! 良い案がございますぞおぉっ!」
揉み手をしながら王様の元へ近付く大臣。
「相変わらず騒々しいやつだ。良い案とはなんだ?」
「婿どのの候補として、その、勇者ランデルどのはいかがかと……!」
大臣の言葉に対し、王様の目がかっと見開く。
「何!? 勇者ランデルだと!? あんなたわけものが余の娘に釣り合うはずなどなかろうが!」
「あ、あひっ、申し訳ございません、王様ぁ。た、確かに怠け者、臆病者、遊び人等、眉をひそめるような噂もございます。しかし王様、噂というものは往々にして尾ひれをつけるものでして。それにランデルは今や別人となり、迷宮術士の作るダンジョンを次々と攻略し、人々を救っておられるとのことでありまして……!」
「ほう。あのたわけものが遂に改心したとな……」
「は、はひ。あの方でしたら血筋も問題なく、リヒル様の婿候補としては一番相応しいかと……」
「ふむぅ。三つ子の魂百までというから怪しいものだが……どうだ、リヒル、お前の気持ちは」
「……ランデ、ル? ああ、あの方、ですか」
「うむ、大臣の言う通り血筋は問題ない。お前さえよければ婚約などとまどろこしいことをせずとも、今すぐ式の準備を整えてもよいのだぞ?」
「……」
「リヒル? まさかほかに思う者でもいるのか?」
「……そ、れは……」
「お、王様ぁ、リヒル様は照れておられるだけですよ。なので、今すぐにでも勇者ランデルとの婚約を正式決定しても――」
「――ええいっ、やかましいわ大臣!」
「あ、あひいっ、申し訳ございません、王様あぁっ」
「……もしかして、リヒルよ、ハワードとかいう鍛冶師のことを気にしておるのか?」
「……」
王に訊ねられてまもなく、リヒルの頬が微かに紅潮するとともに大臣が露骨に顔をしかめるのだった。
「図星、か。神精錬という図抜けた力を持つゆえ、勇者パーティーにおいては下々の者たちに一番人気があったと聞くしな、問題なかろう」
「し、しかし、やつめの出自は既に没落した貴族であり、最早庶民同様の卑しい身分でございまする。そのような不逞な輩を婿候補に選ぶなどもってのほか。どうかお考え直しを、王様ぁっ!」
「いい加減黙っておけ、貴様は!」
「は、はひぃ……」
一喝され、地面に何度も頭を擦りつける大臣。
「没落したにせよ、そんなことは問題ない。それに、我が先祖を代々遡るとだな、家事手伝いを妃として迎え入れたという前例もあるではないか」
「し、しかし、それでは多くの配下たちが納得できかねるかと――」
「――大臣、死にたくなければもう口を挟むなっ!」
「あ、あひぃっ! 申し訳ございませんっ」
「お父、様。私はあの方との婚約はできません」
「な、何……?」
「あの方は、能力だけではなく、心も優れています。けれども、婚約者がおられたはずです」
「リヒルよ……決めるのはお前だ。婚約者がいたとしても、お前の権力ならば願いはかなうのだぞ」
「やめて、くださいお父様。誰かから奪うくらいなら、死んだほうがましです。私は自分の気持ち、よりも、あの方の幸せを優先したいのです……」
「お前は相変わらず純粋だのう。余はそれが心配で……うっ? ゴホ、ゴホッ……ゴファッ!」
激しく咳き込む王の足元に、口を覆う手を伝って赤い液体が滴り落ちる。
「お、お父、様……?」
「王様ぁっ!?」
まもなく倒れ込んだ王の元に血相を変えて駆け寄るリヒルと大臣だったが、一方の口元は喜んでいるかのように綻んでいた……。
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