第十五話 利害関係
「……大丈夫……何もしない……」
「やっ……!?」
ハンマーをオーガの少女に向かって振り下ろす。といっても彼女の体そのものにではなく、健康状態を叩くのだ。
よし……彼女は両手で頭を抱え、身を守ろうとする姿勢を見せただけだった。俺がただ単に攻撃しようとしているようには見えなかったのか、それともあまりの迫力に押されたのか……どっちにしろ好都合だ。
まず強くイメージすることで心敷を生み出し、彼女の健康状態を乗せる――
「――うっ……」
俺は頭を左右に振って脆弱な意識をつなぎとめると、脳裏に『健康状態-10』という数字が浮かぶのがわかった。さすがはオーガ。普通の人間だったらとっくに死んでる数値だ。というか早く処置しないと命がいつ消えてもおかしくない。
「じっと……してろ……」
もう一度ハンマーを振り下ろすも数字は動かない。それでも、以前の神精錬が戻ってきている。身体や技術の衰えを心でカバーできてるってことだ。俺は何度も何度も心剣の如くハンマーを少女の健康状態に向かって振り下ろした。
『-7』、『-7』、『-6』、『-5』……。よし、いいぞ、この調子だ。俺はいつしか、意識が深い水の底に沈んでいくような感覚の中、ひたすらハンマーを振り下ろしていた。
……『-2』、『-1』……もう少し、もう少しだ――
「――う……?」
気が付いたとき、俺は洞窟の中にいた。ここは……って、そうだ、思い出した。神精錬の途中で意識を失ったんだ……って、あれ? あの少女は……?
「……うが、人間、大丈夫ですか?」
「あ……」
オーガの少女はすぐ近くで座っていた。手元にはあの雨水らしきものが入った小さな桶がある。
「それを俺にくれるのか……?」
「う、うが……やる。やるから飲め、です……」
「あ、ああ、ありがとう……」
渡された雨水をいただく。凄くひんやりしてて美味しかった。生き返るかのようだ。
「……お前、私を助けてくれた、です。だから、助けたです」
「お、どうやらもう治ったみたいだな。俺のハンマー、怖くなかったか?」
「うが……最初は少し怖かった。でも、様子が変だと思って少し様子見た。そしたら、どんどん具合が良くなった、です……」
「そ、そうだったのか。信じてくれてよかった……」
もし怖さのあまり抵抗されてたら、オーガの怪力を考えたら俺の命はなかっただろう。
「……でも、人間、嫌い。お母さん、見殺しにしたです」
「お母さん……?」
俺はそこではっとなった。
「もしかして、あの小高い丘にあった墓は、お前の母親のものだったのか……」
「うん。病気で、ずっと耐えてたけど、最近死んじゃったです。人間に頼ろうとしたけど、石投げられて、何もできなくて……」
「そうか……」
「お母さん死んだあと、お墓を作って泣いてたら、誰か訪ねてきて……その人に、人間が嫌いなら力を貸そうって、そう言われたです」
「なるほど……それで心の隙間を狙われたってわけか……」
「どういうこと、ですか?」
「迷宮術士ってのがいて、そいつと利害関係が一致したときに心に隙ができるわけなんだけど、そうなるとダンジョンの種を植えられて迷宮そのものに変えられてしまうんだ。ずっと悪い夢を見せられるような感じかな」
「うが……確かに、ずっと変な夢見てた気がする、です……」
「だろうね。そういえば、お前の名前は……?」
「ハスナ」
「ハスナか。俺はハワードっていうんだ」
「ハワード……知ってるような気がするです」
そりゃ、俺は彼女の悪夢、すなわちダンジョンの中にずっといたようなものだからな。
「ハスナはその迷宮術士のせいで利用されて苦しむ羽目になり、危うく死にかけたんだ」
「じゃあ、悪い人ですか?」
「ああ。人の心の隙間を上手く突いてダンジョンを作り、さらにその中に人々を巻き込もうとする極悪人だよ」
「う、うがっ。怖いです!」
「い、いたた……!」
ハスナが抱き付いてきたんだが、物凄い力で体が軋むかと思った。
「ごめんです」
「さ、さすがオーガだ。ハスナ……俺と一緒にその迷宮術士と、おまけでもっと悪い人間たちをやっつけにいかないか?」
「もっと悪い人間たち? うん、行くです。ハワード以外の人間、大嫌い」
「よしよし、いいぞ。その意気だ」
と言っても勇者パーティーに関しては殺すつもりはなく、ただひたすら落とし、俺を捨てたことをとことん後悔させてやろうと思ってる。いわゆる生き地獄ってやつだ。
これからは必要以上に精錬しないという俺ルールも覆すつもりだし、やつらにとって死んだほうがマシだって状況を早く作り上げてやらないとなあ。
こうしてオーガの少女ハスナと意気投合した俺は、迷宮術士と勇者パーティーを打倒するための旅に出ることになったのだった……。
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