第十四話 誠心誠意


「起きよ……ハワード、目覚めるのじゃ――」


「――うっ……?」


 ウェイザー師匠の声が聞こえたような気がして、目を開けると雲一つない真っ青な空が俺を見下ろしていた。


「……ここは……」


 そこは故郷の町が遠くに見える草原で、近くにはなくしたはずのハンマー、それにボロを纏った赤髪の少女が横たわっていた。おそらく迷宮術士によってダンジョンを心に作られた張本人だろう……って、こ、この子は……オーガだ。額に角が生えてる……。


 オーガというのは並外れた身体能力を持ち、赤い髪で角を生やしてることでも知られていて、残虐で人を食うと言われてるが、実際はそうした身体的な特徴を除いて人間とほとんど同じであり、差別による影響で人里から離れて暮らしてるといわれている。


 そのため滅多なことでは目にしないわけだが、まさかダンジョンの種を植え付けられてたなんてな。


「……うがっ」


「あ……」


 少女が苦しそうに顔を歪めるのがわかった。まだ生きてるのか。大抵はダンジョンを攻略したときに宿主も死ぬと言われてるんだが、オーガの一族はタフなことでも知られてるので助かったのかもしれない。とはいえ、かなり苦しそうだしこのままだと危ないかもしれないな……。


 町は遠すぎるし、どこか近くで安全に休める場所はないだろうか。この辺は獰猛な猪も出てくるから危険なんだ。


「――あれは……」


 少女を背負ってしばらく歩いてると、まもなく小高い丘の上に十字架が立ってるのが見えた。あれは墓だよな。誰のだろう……? てか、墓があるなら近くに誰か住んでるかもしれない。僅かな期待とともに俺はそこへ向かった。


「……」


 十字架の前に立つと、とても強い風に押し戻されそうになった。まるでここに来るな、引き返せと言わんばかりだ。


 そんな不気味な圧力に屈することなく周囲を窺ってると、墓の向こう――丘の下――に、大人が一人しゃがんで入れるほどの小さな洞窟の入り口があるのがわかった。ここって、確か昔遊んだことのある場所のような……。


「おおっ……」


 思った通りそこは俺が知ってる場所で、出入り口に比べて中は広い構造になっており、先に進むと雨水が溜まっている場所まであった。よし、ここなら安全に休めるし水にも困らない。食べ物に関しては近くで木の実でも採取するか兎でも狩ればいいんだ。


「――うぅ……」


 水を口に含ませてから少し経ってオーガの少女は目を覚ました。


「よかった――」


「――に、人間っ……!?」


「ぐっ……!?」


 右手を伸ばすと少女に噛みつかれた。痛くて意識が飛びそうになるが、堪える。オーガは俺を恐れてるわけじゃない、人間を恐れてるだけなんだ。さらに、体の損傷具合がその恐怖を増大させている。だから早く彼女を安心させ、治療しなくてはならない。


「大丈夫、だ……。お、俺は……何もしない……うぐっ……!?」


「うがぁ……人間、嫌い、です。早く……消えて、消えてください、です……」


 ようやく解放してくれたが、それでも少女は壁に背中を張り付けて俺を睨みつけていた。全身で威嚇しているかのようだ。俺はあのダンジョンで起きたことを思い出していた。そうだ……ドクロだらけのおぞましい迷宮だったが、あれは彼女の心を映し出したものでもあるんだ。


 ウェイザー師匠も言っていた。相当な恨みを感じると。だから、簡単な気持ちじゃダメだ。俺も体中で応えなきゃいけない。この少女の怒りを真摯に受け止め、自分が危険な存在ではないことをわからせないといけない……。


「来ないで、人間。死ぬ、です。舌を噛んで、死ぬです……!」


「俺は……俺は絶対にお前を治療することをあきらめない……」


「うが……?」


「じゃないと……今まで頑張ってきた自分に……俺を生かしてくれたウェイザーさんに会わせる顔がない……。だから……俺は全力でお前を治してみせる……」


 ハンマーを握りしめる血まみれの右手に力を籠める。力むまいとすると却って力んでしまうものだ。なので治したいという気持ちに力を注ぎ込んでいく。心剣を体得した俺には嫌というほどわかった。心技体の心とは、誠心誠意、自分や相手と向き合う心、すなわち真心なのだと……。

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