第七話 死の囁き


「――こ、ここは……はっ!?」


 俺がいつしか腹這いの状態で横たわっていて、幾つものドクロと目が合ったので跳ねるように上体を起こした。


 な、なんなんだこりゃ……。迷宮術士が作り出すダンジョンというものに慣れてなければ、この時点で卒倒していたかもしれない。それほどまでに暴力的な景色が広がっていた。


 俺は広い通路にいたわけだが、壁も天井も床もドクロでひしめいていて、目の奥から赤いぼんやりとした灯りを発していた。しかもそれらが時折うごめいて向きを変えるもんだから不気味さは格段と増していたのだ。


 今まで潜った迷宮の中でも上位の恐ろしさを感じるが、飛び込んだからにはもう腹を括らないといけない。


 迷宮術士が作ったダンジョンを攻略するには、その中に一つだけあるコア、すなわち心臓部分を破壊しないといけない。それは迷宮のどこかにわかりやすくボスとして存在していることもあれば、ただのモンスターの中に紛れているケース、はたまた人や物に擬態している場合もある。


 いずれにせよ、コアを潰さない限り死ぬまで脱出できないしモンスターの獲物として追われる羽目になるってわけだ。


『『『――ウゴォ……』』』


 早速おいでなすった。ドクロの床や壁から染み出すようにして異形の化け物たちが姿を現す。


 幾つもの目がついた長細い棒のようなモンスター、口まみれで食欲の集合体のようなゼリー型モンスター、背面に色んな人の顔が並んでいる巨大なムカデ、そうしたおぞましい怪物どもが獲物の匂いを嗅ぎ付けたのかぞくぞくと集まってきたのだ。


 それでも、俺は何故だかわくわくしていた。確かに神の手は使えないが、俺はそれになるべく頼らないようにやってきた勇者パーティーの一人だ。舐めてもらっちゃ困る。


「ほら、こっちに来い……!」


『『『『『ウジュルッ……』』』』』


 俺はやつらを一か所に掻き集めると、左手で地面にハンマーを何度も振り下ろしてやった。強い振動と衝撃によってやつらの動きがピタリと止まるのがわかる。


 ただ、これはほんの一時的なものだ。神の手が健在なら、たった一発でみんな完全に気絶してしばらく目覚めることさえないんだが仕方ない。あとは個別にハンマーを頭上に振り下ろし、目覚める前に素早く叩き潰していくだけだ。スタン状態になると当然ガードも解除されて防御力は『0』になるわけだからな。


「――はぁ、はぁ……」


 やっぱり久々に戦ったこともあって疲れるし、体がなまってるのか思ったように動けなかった。それでも大方倒せたが、モンスターはそれまでの頑張りを嘲笑うかのように次々と湧いて出てきた。


 右手が中心なら気絶させるのに一発で済むのでいくらでも戦える自信はあるが、このままじゃ厳しいってことでやつらをまとめてスタンさせてからその間に逃げるという戦法を取ることにした。


 その間に少しでも休めるようにできるだけ遠くを目指す。本当にどこへ行ってもドクロばかりなので頭がおかしくなりそうだった。ここで死んだやつがそのままドクロの一部になって迷宮を支えているかのように死臭を放つ道が続いていた。


 俺はドクロの空いた口に足を掬われそうになりながらも、ひたすら奥へと進んでいく。


「――あっ……」


 やがて前方にが見えた。この通路の突き当たりから左へと曲がっていくのが見える。一人じゃしんどいし共闘できるならそれが一番いい。


「おーい!」


 てなわけで居場所がモンスターに知られるのを覚悟で声を張り上げると、人影の動きが停止するのがわかった。どうやら俺の存在に気付いてくれたらしい。人影を追いかけて左の道に入ったところで、後ろ姿から小柄で長髪の女性であることが見て取れた。


「あのー、ダンジョンに迷い込んだなら俺と組みませんか?」


「……」


 彼女は応答どころか振り返ることもしなかった。右手に持った小剣が小刻みに震えてるし、もしかして警戒されちゃってるんだろうか?


「大丈夫……はっ……!?」


 唐突に床のドクロの口から赤い手が伸びてきて、俺の足を掴もうとしてきた。それをハンマーで払いのけて後ずさりすると背中が壁に突き当たり、今度は背後から手が幾つも伸びてくる。


「うっ……!」


 その結果、両足と両手の上腕部を赤い手に掴まれ、俺は羽交い絞めのような状態に陥ってしまった。しまった、これじゃどうしようもできない。あの人に力を借りるしか……。


「たっ、助けてくれ……!」


「……」


 俺の思いが届いたのか小柄な女性が振り返ってくる。


『うに、に……?』


「あ……あ……」


 その両目からは赤いゼリーのようなものがにゅるっと飛び出し、唇の形状を形作っていた……。

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