第八話 内なる声


『うに、うにに……』


「ク、クソッ、クソオォッ……!」


 俺は今、まさに絶体絶命の窮地に追い込まれていた。自分の両腕両足、さらには胴体まで床や壁から伸びてきた赤い手に掴まれ、正面からゼリーモンスターに寄生されたゾンビが迫ってきているのだ。


 こんな……こんなところで終わっちまうっていうのか――


「――あ……」


 さすがにもうダメかとあきらめかけたが、俺はゾンビがを持っていることに気付く。しかも惰性で持ってるだけなのか、それを使う気がまったくないのは丸わかりな動きだ。俺を食べることで頭が一杯だっていうのもあるんだろう。


『うにー』


「……」


 ゾンビが目前に迫る中、俺は密かに左手に持ったハンマーを放し、やつの右手にある小剣を掴んだ。左腕の前腕部分は赤い手に掴まれてないので自由に動かせるんだ。


『うにっ!?』


 俺は掴んだ小剣でゾンビの顔を横から串刺しにしてやると、今度は逆に後方にやって赤い手を突き、完全に動かせるようになった左手で残りの手を切断、分離に成功した。


『『『『『ウゴオォォッ……!』』』』』


「ぐっ……!?」


 だが、落ちたハンマーに絡まった赤い手を切断しようとしたところ、周りから一気に化け物どもが染み出してきたのであきらめざるを得なかった。この小剣でなんとかやっていくしかない。急いでそこから離れ、駆け出す。


「――はぁ、はぁぁっ……」


 どうしようもなく疲れてるので少しでも休みたいが、地面を埋め尽くすドクロの塊から次々と手が生えてくるので迂闊に立ち止まれない。後ろからは異形どもの大群が迫ってきてるし、一分一秒でも早く前に進まないといけないという苦しい状況だった。


「……あっ……!」


 しまった、こっちは袋小路だったか。分かれ道まで戻ろうとしたが、既にモンスターたちの不気味な影が見えたので立ち往生した。


「くっ……」


 このまま戦うしかないのか……? だが、俺にはこの小剣しかない。思い切り突っ込んで抜けるという手もあるが、あの数だとほぼ間違いなく捕まるだろう。


『『『『『――ウジュルルルッ……』』』』』


 やつらの獰猛なささやきが、一歩また一歩とこっちへ近付いてくる。一体どうすれば……。


 そういえば……俺のじっちゃんはよく言ってたっけな。ピンチのときに冷静になるというのは、辛いときに笑い飛ばすくらい難しいが、それができれば状況を打開する方法もいずれ見えてくるって。


 それでも、未熟な俺にはまだ難しそうだ。頼む、じっちゃん……俺に力を貸してくれ……。


――ハワードよ、心を安らかにして、内なる声に耳を傾けるのだ……。


 ……内なる声……?


 じっちゃんが俺の心の中でそう語りかけてくれたような気がした。自分と向き合うようなものだろうか。実践してみると、不思議と気持ちが落ち着いてくるのを感じる。まもなく俺は全体を見渡すことができるようになっていた。


「――はっ……」


 今、何かがあった。うごめくドクロ群の中、唯一後ろを向いたまま動かないものがあったのだ。俺はそのドクロをこっちに向いた状態に変えると、口の中に小剣を突っ込んでみた。すると、カタカタと乾いた笑い声とともに周囲のドクロの壁が崩れて真っ赤な上りの階段が現れる。


「うっ……」


 内臓の中にいるかのような異様な質感に一瞬ためらったが、今は手段を選んでられる状況じゃないってことでどんどん上っていく。まもなく、俺を飲み込もうとするかのように階段の幅が狭くなってることに気付いて急いで駆け上がると、やがて出口が見えてきた。


「――こっ、ここは……?」


 そこは赤と黒の二色で構成された世界だった。赤いドクロが敷き詰められた地面と、先がまったく見えないような漆黒の空が不気味に共鳴し合っていた。


 かなり窮屈感は和らいだものの、それでも少しでも止まろうとするとドクロの口から手が伸びてくるので小剣で払いつつ、俺は当てもなく歩き始めた。とにかくダンジョンのどこかにいるであろうコアを探すしかない。


 コアには色々なタイプがあり、目立つ存在かと思えば逆に人目につかないように隠れている場合もあって厄介だが、今まで何度もダンジョンを攻略した経験上、普通とは違う特色が必ずあるからそれをなんとしても見つけ出すんだ――


「――きゃあああああぁぁっ!」


「っ……!?」


 悲鳴だ。今の声は化け物じゃなく確かに人間の女性のものだった。俺は声がした方向へと一目散に走り始める。


「なっ……」


 まさに突然だった。向かった先で、俺はを目の当たりにしていた……。

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