第六話 慟哭の時
「ういー……酒はうめーなあ、ひっく……」
傷心を抱えて故郷に戻ってきた俺が、かつて勇者パーティーの一人であるハワードだと気付くやつは誰一人いなかった。
まあ当然だろう。今の俺は酷くやつれてしまってる上、知り合いに気付かれたくないってことで小汚いフードも被ってるんだから。
すっかり変わり果てた俺を優しく迎えてくれたのは、このグラスになみなみと注がれた酒だけだった。
「もっと……もっとだ……もっとくれえぇっ……!」
乾ききった心を潤してくれるやつなんてこの世には存在しない。どうして、どうしてどいつもこいつも俺を裏切るんだよ。クソッタレ……俺が、俺が一体何をしたっていうんだ……。
「旦那、もうそろそろやめときな。それ以上飲んだら死んじまうぜ」
酒場の店主に諫められる。
「……俺の金だ。何にどう使おうと俺の勝手だろう……!」
「そうは言うが、死んじまったら旦那の大好きな酒も飲めなくなっちまうし、元も子もねえぜ……?」
「……うえっぷ……いいんだよ……。死んだら死んだでかまやしねえ……ひっく、俺にはもう、失うものなんて何一つありゃしないんだからよ……」
きっと……俺がバカだったんだ。思えばずっと、いつか報われると信じて馬鹿正直に生きてきた。それでも全て上手くいくと信じていたが、結局何もかも失っちまった……。
「いや、失うものがないというが、旦那の目には異質な光がある。色んな客と接してきたあっしだからこそわかるんだ。旦那はこんなところにいちゃいけない人だって――」
「――うるせえぇっ! お前に何がわかるかってんだあぁっ!」
俺は空き瓶を投げ落として木っ端微塵にしてやると、青ざめる店主に向かって硬貨を投げるとともに酒場を飛び出した。
「……うごっ……おげえぇぇぇっ……!」
路地裏で吐くだけ吐いた俺は、
……もう朝になっていたのか。俺は昨晩からずっと飲んでいたってわけだな……。
「……くっ……」
明るく照らしつけてくれる空さえも恨めしく感じて、俺は自分が汚れてしまったと痛感して項垂れた。
冷静になって考えてみると、酒場の店主の言ってたことは間違ってない。俺はまだあきらめきれてないんだ。そういう性格だから……それで死ねないんだ。
それなら……俺は愛用のハンマーを振り上げた。未だに踏ん切りがつかずに自決できずにいるのは、きっとこの右手が悪いんだ。
かつて神の手とまで呼ばれた、今じゃポンコツの右腕が。これさえ完全に潰せば、俺は人生にあきらめをつけられる。本当に終わらせることができるんだ……。
「……」
左手で持ったハンマーを振り上げる。こんなものがあるから、中途半端に希望なんてあるから……俺はここまで苦しんできた。今こそそれに別れを告げるときだ――
「――なっ……?」
信じられないことに、一目で明らかにわかるほどガタガタと震えていた。俺の右腕が。どんなに高価なものを精錬するときも、どんな痛みや屈辱を抱えてもここまで震えることのなかった右腕が、まるで慟哭しているかのように。
「……ぐ、ぐぬうぅぅ……」
ポトポトと熱い雫が垂れ落ちる。相棒との思い出が鮮やかに蘇ってきて、俺は涙が止まらなくなっていた。すまない……こんなにも俺のために頑張ってきたお前を傷つけようだなんて、悪い俺を許してくれ……。
そうだ、あきらめるわけにはいかねえ。俺の相棒よ、お前をいつか必ず取り戻してやる。そして、俺たちを見限った勇者パーティーに死ぬほど後悔させてやるんだ――
「――きゃあああああぁぁぁっ!」
「……っ!?」
そのときだった。酔いも吹き飛ぶほどの悲鳴がして、立ち上がるとこっちに逃げ込もうとしてきた女性が転び、そのまま後ろから来た灰色のオーラを纏う何者かに吸い込まれるようにして消えたのだ。
あ、あれは……間違いない。ダンジョンだ。迷宮術士によって心にダンジョンを植え付けられた者が、人々を内なる迷宮へと誘っているのだ。しかもダンジョンを作られた者は無敵化するため、中に入って攻略するしか倒す術はない。
心敷にあのダンジョンの難易度を置いてみると、『+107』と出た。さすがは迷宮術士が作った異次元ダンジョン。『-10』から『+10』までしかないこの世の難易度の範囲はもちろん、俺がそれまで攻略してきたダンジョンの数値を遥かに超えるものだ。ここに閉じ込められたら、ほぼ命を失うといっても過言ではないだろう。
「逃げろおぉぉっ!」
「ダンジョンが来るぞおおぉぉっ!」
「いやあああああぁぁぁっ!」
「……」
あちらこちらから叫び声や悲鳴がこだます中、俺はその場に立ち尽くしていた。逃げなくてはいけないというのに、何故だ……? そういえば、伝説の鍛冶師である俺のじっちゃんが生前よく言ってたことを思い出していた。
ピンチのときこそ逃げずにピンチへ飛び込め、挑戦せよ、と。そこを乗り越えられた者だけが本当の高みへと到達できるだろう、と……。もしや、今がそのときなのか? 俺は不思議と、全身の血が滾るかのように熱くなっていた……。
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