第五話 冷酷な瞳
「何々……フェリオス=エルド宛の手紙はここでいいのか……」
赤い郵便ポストに左手で手紙を投函する。この家はなんともわかりにくい場所にあって探すのに苦労した。
あれから独りぼっちになった俺が、安いアパートのある郊外へと引っ越して日雇いの仕事をする中、対照的に勇者ランデルは大活躍し、富と名声を我が物にしていった。
「ねえ、聞いた? 勇者様がまたダンジョンから人々を救い出したんですって!」
「聞いたわっ、ほんっと、ランデル様って素敵よねえ」
「「キャッキャッ!」」
「……」
こうして人のいない早朝に仕事をしていても、狙いを定めたかのようにやつの噂が耳に入ってくる。その一方で俺についての話題はまったく聞かなくなった。まるで人々の心から完全に消え失せてしまったかのように……。
でも、もうそのほうがいいかもしれない。俺の神の手と呼ばれた右腕は、今や痛みこそマシになったが普通の精錬さえろくにできなくなってしまった。このままひっそりと表舞台から消えていったほうが、俺としては幸せなんじゃないか……? いや、そんなのダメだ。いくらなんでも惨めすぎる。
俺はいつか神の手を復活させて勇者パーティーに復帰してやるんだ。そしたら、ルシェラだって振り向いてくれるかもしれない――
「――おっ、ハワードじゃないか!」
「っ!?」
この声、まさか……。恐る恐る振り返ると、そこには勇者パーティーの面々があった。
「ラ、ランデル、ルシェラ、グレック、エルレ……」
俺は咄嗟に手を上げて挨拶したが、誰一人応じてはくれなかった。というか、みんなの視線が異様に冷たい感じがする。
「いやー、探したよ、ハワード! みんな君を心配してたんだよ……!?」
「……あ、ありがとう……」
お礼を言いつつも俺は複雑だった。心配……? どういう風の吹き回しなんだ、俺の惨めな姿を笑うためにきたのか。
「お礼なんかいいって! 君と僕の仲じゃないかっ!」
「……」
笑顔でバシバシと肩をしつこく叩かれ、俺はさすがに我慢できずにやつを睨みつけた。
「あっ……ごめーん、怒ったあ? ごめんねえ?」
「……もう、いいだろう。ランデル……お前に少しでも情というものがあるなら、これ以上傷口に塩を塗り込むような真似はやめてくれないか……」
「あーあ、自分がやられる番になったらこれなんだからねえ」
「何……?」
「おお、こわっ……てか、僕とやる気? やってもいいけどー、その神の手は大丈夫なのかなあ?」
「くっ……」
「あははっ、冗談冗談っ。本気にしちゃった? いくら僕でもお、こんな芋虫を相手にするほど落ちぶれちゃいないよっ」
「ランデル……それを大声で言ったらどうだ」
「あれっ、まだ怒ってる? 弱っちいくせに相変わらずプライドだけは高いんだねー」
気が遠くなりそうなほどの怒りを感じたが、堪える。
「ル、ルシェラは……お前のその糞みたいな人間性も知ってるのか……?」
「ん? なんか勘違いしてない?」
「……何?」
「そんなに睨まないのっ。いい加減怒るよ? それともやっぱりやり合う気?」
「い、いや……」
「ふふっ、だよねー。話の続きだけど、僕が君に崖の上で助けられたことがあったでしょ? ほら、『別れの峠』! あれが転機でー、酷く傷ついたルシェラを必死に説得したよ、毎日毎日。君のようにケチなやり方じゃなく、貢ぎ物を惜しまず彼女にプレゼントしたんだあ。かなりの出費だったけどっ……」
「ル、ルシェラはそんな子じゃ――」
「――ぶっちゃけ、ハワードって最高に頭悪いよね。ザ・低能ってやつ……?」
「……」
「目で見えないものを、女の子は評価なんてしないんだよ? それこそあの変人の女王様くらいでさあ、99%、女の子は目に見えるものだけを評価するんだ。勉強になりまちたか? 世間知らずのハワードちゃんっ」
「……ラ、ランデル……」
「う、うわあぁっ、怖いいぃっ! みんなー、ハワードが僕をいじめるよおおぉっ!」
「……なっ……」
おどけたように舌を出すランデルを守るようにルシェラたちが俺の前に立った。
「ハワード……言っとくけど、ランデルを傷つけたら私が絶対に許さないから……」
「ル、ルシェラ……」
嫌だ、聞きたくない。お前の口からそんな言葉が出るなんて……どうして……。
「おい、気安くルシェラさんの名前を呼ぶなよ、ハワード」
「……グ、グレック、お前……」
「だから気安く呼ぶんじゃねーよ。お前はもう勇者パーティーの一人じゃないんだからよ」
「……え?」
俺はグレックの言ってることがよくわからなかった。
「え、じゃないよー。ハワードって人、まさかまだ自分が勇者パーティーの一人だって思ってたあ?」
「エ……エルレ……お前、まで……」
「きゃー! こわーい! 変なのに睨まれちゃったー!」
「エルレ、大丈夫だよ。僕が守ってあげるからっ。よちよち……」
「わーい、ランデルお兄様大好きっ!」
「……ぐ、ぐぐっ……」
悪夢であってほしかったが、右腕があの日を思い出したかのように痛むことが紛れもなく現実であることを訴えていた。まもなく、エルレの頭を得意そうに撫でていた勇者ランデルが俺を睨みつけてくる。
「おい、ハワード……お前は勇者パーティーから追放だ。僕はみんなと一緒にそれを伝えにきたんだ。忘れた頃にいきなり君みたいなしょうもないやつに関係者面されたらこっちが恥かくからさ。んじゃ、さよならー」
「……」
ランデルたちが笑い声を上げながら楽しそうに立ち去る中、俺はがっくりとその場に膝を落とすことしかできなかった……。
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