第3話 1日目

 さて、今日から夏休みである。


 昨日まではジムの手伝いだけする暇になりそうな夏休みだと思っていたが、最高の夏休みになりそうな予感である。


「ちょっと晴人。お客さんが来てるわよ」


 パイプ椅子に座ってスマホをいじっていると受付の姉から声がかかった。


「オッケー!」


「え、なんであんたそんなテンション高いん?」


「楽しいからさ!」


「……じゃあ椎名さん、あとはあのスタッフにお願いしますね」


 姉から無視されたがどうでもいい。今は椎名さんだ。


「椎名さん、こんにちは!」


「……なんでそんなにテンション高いの?」


「楽しいからさ!」


「……疲れるから通常時の鷹宮に戻ってくれない?」


「うん。椎名さんがそう言うなら分かった。それじゃあ早速着替えて。説明するから。あと更衣室はあそこだから」


「……鷹宮さ、家では前髪上げてるんだね」


「あぁ、なんか親がそうした方が客の受けがいいからって」


「何で学校では下げてるの?」


「目線が見えない方が授業中に机の下でスマホいじってもばれにくいじゃん」


「えぇ……」


 呆れた様な顔をされた。



 ―――




「俺の見たところによると、椎名さんガンガン動いたらガンガン痩せるから、早速やってみようか」


「え、ほんとに?」


「ほんと。俺の言う通りにすればあと2ヶ月で椎名さんは完全体になれる」


「そんなセルみたいな……」


「今の椎名さんは、ほんとの椎名さんじゃないんだ。ホントの椎名さんはそれは美しい、見る人全てを魅了する美の持ち主なんだっ」


 声に狂気を孕ませる演技をする。楽しいな。こういう狂キャラっぽい演技は。


「……分かった。じゃあまず何をすればいいの」


「まず動こうか。上からこれ着てくれる?」


 椎名さんにサウナスーツを渡す。


「……これなに?」


「俺の家特製サウナスーツ。発汗作用がめちゃくちゃ凄いんだ」


「……お金は?後から払わせる気?」


「まさか。お金なんていらないよ。サウナスーツは親に俺がお金を払って買ったものだよ」


「なんでそこまで……?」


「椎名さんは、俺に素晴らしい夏休みをくれそうだからね。さあさあ、じゃあ早速殴ろう。俺の事を藤瀬だと思って」


 椎名さんにボクシンググローブを渡す。


「あの、付け方が分からないんだけど……」


「あぁ!ごめん。そこまで気が回らなくて。そうだよね、普通ボクシンググローブの付け方なんて分かるはずもないよね!えーと、まずはめて……そうそう。先端まで入れちゃうと手首が痛くなっちゃうことがあるから、その手前の方にある棒の所に第一関節が来る感じで……うん、それでオッケー。あと手首しっかり固定してね。力が入れやすくなるから」


「……鷹宮、近い」


「あっ、ごめん!よし、準備もで来た事だし1番ラクで効率的な殴り方を教えるから」


「うん」


 

 ―――




「藤瀬君のクズ!」


 バン!


「藤瀬君のゴミ!」


 バン!


「死ね!」


 バン!


「よーしよしよしいいパンチ!もっと腰に力入れてどんどん殴って!」


「うおおおおおおおおお!!!!!!!」


 ―――



「はぁはぁはぁ……」


「お疲れ様。じゃあお昼休憩とろっか」


「もう3時間経ったの……?」


「うん。でも、ほとんど休憩入れなかったのにキツくなかったの?藤瀬への憎しみの力?」


「それもあるけど私、元々運動神経がいいんだ。食べるのにハマっちゃっただけで」


「へーえ……なら午後は走ってみよっか。じゃあそのためにもお昼ご飯は食べなきゃね」


「鷹宮、ダイエット中ってお昼ご飯食べてもいいの?」


「いいよ別に。てか食べないと逆に太るし」


「なんで?」


「えーっとね、激しく運動した後にちゃんとお昼ご飯食べないと脳が飢えた状態になるんだけど、そのせいでエネルギーを貯めとこう!ってなっちゃってせっかく運動してもエネルギーが消費されなくなっちゃうんだよね……」


「……もしかして朝ごはん食べてきた方が良かった?」


「食べてこなかったなら明日から絶対食べてきて。できるだけ朝早く、夜ご飯との間隔を12時間位開けるとベスト」


「分かった。けど、どんなダイエット中高の食事って何食べればいいの?」


「う〜ん、沢山パターンがあるから説明すると長くなるし……あ、ならこの夏休み中の献立俺が考えてメールで送っとこうか?」


「……え、いいの?私お金払ってないんだけど」


「いいんだって。お金なんて気にしないで、俺が好きでやってるんだしさ」


「……ありがとう」


「いいって」


 ―――


 昼飯を食べた後、5時間程ランニングした。椎名さんの体力が予想外にあったのは素晴らしい。


「鷹宮、今日はホントにありがとう」


「お疲れ様椎名さん。明日も頑張ろうね」


「……うん」


「じゃあ俺はこれからまだ仕事あるから」


「え、まだあるの?」


 驚いた様に椎名さんが言う。


「うん。昨日言ってたウエディングドレスのお姉さんの副担当が俺なんだよね。じゃあまたね。夜のメニューも忘れずにね」


「……」


 なんか後ろからジーッと椎名さんに見られてる……なんで?

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