第4話


「……あははっ。実は、そうなんだ。ごめんね?騙しちゃって」


 少しの間の静寂を終わらしたのは、桜蘭だった。桜蘭は笑いながら、それまでのことが嘘であったことを告げる。


「……う、嘘だよねお兄ちゃん。こんな可愛い人が、男って……」


「い、いや、本当のことだ。桜蘭は俺の、男友達だよ」


 市菜は信じられないらしく、俺にそう確認してきた。だが、これは本当の事だ。


 確かに、俺とカップルに間違えられることはあるが、桜蘭は、れっきとした男である。まあ、信じられないのも分かるのだが……。


「やっぱり、信じちゃうんだね。僕が信護君の彼女っていうと……」


「まあ、仕方ないんじゃないか?傍から見ると、カップルに見えるのは」


 俺と桜蘭は、普通の友達の距離感でいるはずだが、その距離感がカップルに見えてしまっているのかもしれない。異性の2人としてみると、確かに大分距離が近く見えるだろう。


「せ、先輩。本当にこの人、男の人なんですか……?」


「ああ。ほら、制服もズボンだろ?」


 俺はそう言って、桜蘭のズボンを指差した。うちの学校では女子のズボン着用も認められているが、そのほとんどの生徒がスカートを選ぶ。


「た、確かにそうですけど……。信じられないですよ」


「ま、だろうな。2人でいると、ほとんどカップルに間違えられるし。多分、俺と桜蘭だったらプリクラも行けるぞ」


「あははっ。今度行ってみる?信護君」


「お、いいな。行ってみるか」


 俺と桜蘭やり取りを見ていた市菜と伊野宮は、ジト目になっていた。どうやら、まだ信じていないようだ。


「なんだ?まだ信じられないのか?」


「いや……。やり取りがもう、カップルにしか見えないんですけど……」


 市菜の言葉に、伊野宮も頷いて同意している。俺は桜蘭と顔を見合わせてから、市菜言葉に返事をした。


「「そう?」」


 すると、桜蘭とハモってしまった。俺と桜蘭はまた顔を見合わせて、お互いに笑い合った。


「はぁ……。もう、どう見てもカップルだよ……」


 市菜は呆れたようにため息を吐いてから、そう言った。俺と桜蘭は、またも同時に首を傾げる。


 俺は恋という感情は知っているが、付き合ったことはない。だから、これがカップルに見えているのかどうかは、よく分からないのである。


 それに俺の中では、桜蘭は男友達なのだ。周りからカップルだのどうだの言われようと、それが変わることはない。


 そしてそれは、桜蘭も同じだろう。現に桜蘭も俺と同じように、首を傾げているのだから。


「そ、それより、先輩はなぜここに?遊びに来たんですか?」


 俺と桜蘭が市菜の言葉に首を傾げていると、伊野宮が話を変えてきた。俺は伊野宮に向き直り、それに返事をする。


「いや、勉強会だな。勝たちもいるぞ」


「あ、そうなんですね。それは、邪魔してしまってすいません……」


「全然大丈夫。俺と桜蘭は一旦中断して、ドリンクを買いに来ただけだし。それで、そっちは?」


 俺は伊野宮に、そう問いかけた。妹もいるし、なぜここにいるのか気になったからだ。


「私たちは遊びに来たんだよ、お兄ちゃん。それで、タピオカミルクティーを買いに来たところ」


「そうか。いつも市菜と遊んでくれてありがとう。伊野宮」


「い、いえいえ!と、友達ですから!」


 俺が伊野宮に礼を言うと、伊野宮は頬を少し赤らめながらそう言ってきた。俺はそんな伊野宮に頷きを返してから、桜蘭の方を向いた。


「じゃあ、俺たちは戻ろうぜ。桜蘭。勝たちも待ってるだろうし」


「そうだね。またね、2人とも」


「は、はい……」


 俺が桜蘭にそう言うと、桜蘭は市菜と伊野宮に別れを告げた。俺と桜蘭はタピオカミルクティーを持って、市菜と伊野宮の前から立ち去る。


「あれで本当に、付き合ってないの……?」


 後ろから市菜のそんな声が聞こえてきたが、俺と桜蘭は気にしていない。いつもの距離感のまま、勝たちの元へと戻っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る