第65話
あれからも体育祭は、つつがなく進行していった。今は、宅配便リレーが行われている。
その宅配便リレーには、利光と秀明が出場している。俺たちはそれを、クラスのブースから見ていた。
「今、ちょっと遅れてるね。ここから逆転できるかな?」
まだ利光と秀明の番は来ていない。俺たちのクラスは今2位につけているが、このまま利光と秀明までいけば、十分逆転可能だろう。
「……聞いてる?信護君」
すると、美保が急に俺の腕を指でツンッとしてきた。それに驚いた俺は、体をビクリと震わせて反応する。
「きゅ、急に何するんだよ……!?」
「急にって……。私、話しかけたけど?」
俺の反応に対して、美保はそう言って俺をジト目で見てくる。俺はそんな美保を、直視することができない。
クラブ対抗リレーの後のことが尾を引いているのだ。美保の顔を見ると、どうしようもなく顔が赤くなってしまう。
「わ、悪い……」
「まあ、いいけど……。それで、逆転できると思う?」
「あ、ああ。まだこれから秀明で、その後に利光がいるから、勝てると思う……」
俺は、美保から顔を逸らしたまま、そう答えた。すると美保が、そんな俺を更に見てくる。
「そっか。でも、なんでこっちを見ないの?」
「そ、それは……。そ、それよりほら!もう秀明の番だぞ!」
「え?あ、ほんとだ」
俺がそう言ったことで、美保の視線が俺から会場へと移る。俺はホッとしながら、レースの後半を見た。
秀明の走りによって、前方にいた緑組との距離を縮めることに成功した。そして利光へと、段ボールが移る。
それら全てを器用に持った利光は、秀明が縮めた差を更に詰めていく。そしてついに、緑組を抜いた。
その時点で俺は、このレースの勝ちを確信した。ここから、利光が負けるはずがない。
俺の思った通り、利光はこのレースで1番乗りでゴールした。それによって、俺たちのクラスが盛り上がる。
「やった!勝ったね!」
「……ああ。そうだな」
美保が俺にそう言ってきたので、俺は少し間を開けてから返事をした。心を落ち着ける時間が欲しかったのだ。
……俺は本当に何も学んでいない。生駒先輩の時から、何も。
美保は別に、思ったことを言っただけなのだ。俺は美保にとっては夫で、家族。それ以上のものではない。……普通は、それの方が先にあるのだが。
俺もまた、美保のことは妻で、家族であると思っている。でも別に、好きだというわけではない。
だからあれは、ただ照れてしまっただけだ。見惚れて、照れてしまっただけなのだ。
俺はそう思いながら、一度息を吐く。これで俺は、きちんと落ち着くことができた。
「どうしたの信護君?急に息を吐いちゃって」
「いや、何でもない。ちょっと、心を落ち着けただけだ」
俺はこの通り、顔を赤くすることなく美保の顔を見て話すことができた。俺が言った言葉に、美保は頷いて納得する。
「そっか。もうすぐ組対抗リレーだもんね」
本当はそうじゃないのだが、美保に本当のことは話せないので、そういうことにすることにした。俺もまた、美保の言葉に頷く。
「あ、ああ。そうだな」
「私も走るし、頑張ろうね!絶対、信護君にバトンを繋げるから!」
「おう。待ってるぜ。俺も、ちゃんと照花に繋げるよ」
組対抗リレーは、体育祭の最後の種目だ。クラスから男女それぞれ選抜2人づつ選び、組対抗で走る。
俺たちのクラスからは、男子が俺と勝、女子が美保と照花だ。美保から俺へ、俺から照花へ、照花から勝へと繋がっていく。
点数を見ても、俺たち赤組は現在2位。1位の青組とは、そこまで離れていない接戦。
他の組の点数を見ても、どの組でも優勝の可能性が残っていると思う。組対抗リレーまでにどうなるかは分からないが、恐らく最後のこの種目の結果によって、最終結果が大きく左右されることになるだろう。
ここまで来たら、優勝したい。皆、同じ気持ちだろう。
俺が頑張れば、優勝できるかもしれないのだ。そこまで考えた俺は、しっかりと気を引き締めた。
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