第63話
『では、第1走者は並んでください』
先生の指示に従って、俺たちは並んでいく。勝が1番端のインコースで俺はその隣だった。
走る生徒それぞれに、バトンが渡されていく。勝のバトンは白で、俺のバトンは赤色だった。
『それではこれより、クラブ対抗リレーの文化部の部を始めます』
いよいよだ。一年前のくやしさを晴らせる、唯一の時。それが、このリレーだ。
『位置について』
その合図に合わせて、俺は右足を下げる。息も心も、落ち着いている。
『よーい……』
その声に合わせて、足に力を入れる。すぐにでも、出ることができるように。
『……ドンッ!』
スタートの合図が聞こえた瞬間、俺は足を動かした。集団の中で飛び出したのは、俺と勝の2人だった。
全速力で走っていく。応援になど耳も傾けずに、ただひたむきに。走り続ける。
だが、俺よりも勝の方が、どうしても前にいる。もうすぐコーナーを曲がり切ってしまい、直線に入ると言うのに、まだ。
このままだと追い付けない。負けてしまう。それはだめだ。勝つんだ。信じてくれたんだ。
そんな時に、俺は先程の生駒先輩の言葉を思い出した。『勝ってこい』、という言葉を。
それを思い出した時、思考が、視界が、クリアになった。するとそこに、声が聞こえてくる。
「頑張れ!信護!いけ!勝!」
「させ!信護ー!粘れー!勝!」
「信護君!勝君!頑張って!」
「信護!いけー!」
「信護君も勝君も頑張れー!」
利光、秀明、桜蘭、心南、照花の声が、聞こえてきた。それに、それだけじゃない。
「頑張れ!信護君!」
「いっけー!パパー!」
妻と娘の声が、美保とまるちゃんの声が、鮮明に聞こえてくる。それが聞こえた時、俺のスピードが上がった気がした。
勝との差はぐんぐん縮まり、ついに、勝を抜いてみせた。バトンを渡す、直前の所で。
「「「「信護(君)が抜いたー!!」」」」
「信護君!」
「やったー!パパー!」
バトンを渡し終えると、皆の声がぷつりと切れた。俺はレースの結果を他の部員たちに任せ、自分自身の勝利の喜びをかみしめる。
「やった……!やったぞ……!」
「はあ……。くっそー!負けたかー!」
「……ありがとう勝。俺と走ってくれて」
「……おう。また、やろうな。これで、一勝一敗だからよ」
俺と勝はそう言い合い、握手を交わす。俺は返事をしつつ、レースの方に視線を移した。
「ああ。やろうな。……けど、先にこのレースの結果が出るぜ」
「そうだな。さてさて、勝てるかな」
レースは順調に進んで行ったが、俺たち文芸部が勝つことは出来なかった。勝のクラブに勝ちを持って行かれてしまった。
「あちゃ~!負けたか!」
「おおう!ギリギリかよ!アブねー!」
こうして、今年の体育祭のクラブ対抗リレーは終わりを告げた。俺は勝にはリベンジできたが、クラブとしては勝てなかったという結果だった。
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