第23話

 手を洗い終えた俺たちは、斎藤の案内で療心学園を歩いている。俺はどこに行けばいいか分からないからだ。


 俺たちは依然、手を繋いだままだ。まるちゃんも嬉しそうに歩いている。


「取り合えず、皆の所に向かうね。集まらないといけないから」


「了解。そこからはどうするんだ?」


「皆で療心学園から出て、目的地に着いたら集合時間まで自由行動だよ」


「どこに行くかは、言ってくれないんだな……」


「ふふっ。まるちゃんも知らないから、小田君にも内緒にしようかなって」


 療心学園に住んでいるまるちゃんも知らないのか?最近きたばかりだからだろうか。


 それとも、楽しませるための布石だろうか。後者の方が可能性あるな。


「そうか。ありがとな。斎藤」


 俺が斎藤に礼を言うと、まるちゃんが俺と斎藤を交互に見て来た。一体どうしたのだろう。何か、気になったことでもあったのだろうか。


「どうした?何か聞きたいことでもあるのか?」


「うん。パパとママは、名前で呼び合わないの?」


「「……え?」」


 まるちゃんの衝撃的な発言に、俺と斎藤が呆然とまるちゃんを見る。だが、そんな俺たちの反応など関係なく、まるちゃんは言葉を続けてくる。


「だって、パパとママは苗字で呼び合わないって言ってたから。パパとママは名前で呼ばないのかなって……」


「あ、あー……」


「う、うーん……」


 どうしよう。俺と斎藤の思いは、恐らく一致したと思う。


 何か逃げ道はないだろうかと思考を重ねるが、何も思いつかない。というより、名前で呼ぶのが一番マシな気がする。


 というのは、名前で呼ばなければ、お互いをパパ、ママと呼ぶことになりかねないからだ。それだと、常に外で呼び合えば誤解を生みかねないし、本当の夫婦みたいで恥ずかしすぎる。


「もしかして、パパとママ、仲よくないの……?」


「い、いや!そんなことないぞ~!」


 俺はそう言うので精一杯だ。解決するには斎藤をなめで呼ぶしかない。だが、俺にはその一歩が踏み出せなかった。


「も、もちろん仲いいよ!家族だもん!」


「なら、名前で呼べる……?」


 斎藤も俺を名前で呼ぶことはなかったが、結果的に催促されることになった。ここまできても、俺は斎藤を名前で呼べない。


 恥ずかしいのも少しはあるが、何より不安が大きい。嫌がられるかもしれないという不安が。


「……信、護君……」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかったが、斎藤の赤くなった顔を見て名前で呼ばれたことを理解する。理解した俺もまた、顔が一気に赤くなった。


「わ、私は呼んだよ!?ほら小田君……し、信護君も呼んで!」


「うっ……!」


 斎藤が呼んだ以上、名前で呼ばないわけにはいかない。斎藤は、俺より先に覚悟を決めたのだろう。俺はその覚悟に、答えなければならない。


「美、保……」


「よ、よし!これからもよろしくね!信護君!」


 俺が斎藤の名前である美保と呼ぶと、斎藤は更に顔を赤くしながら応じた。チラリとまるちゃんを見ると、とても嬉しそうにしている。


「やった~!仲良し!パパ!ママ!」


「そ、そうだね……。と、取り合えず、部屋の前に着いたから、入ろっか!まるちゃん!お……し、信護君!」


「あ、ああ。み、美保」


 俺は美保の言葉に頷いて、まるちゃんの右手を握っている左手とは逆である右手で、美保が言った部屋の扉の取っ手を握る。そしてそのまま、扉を開いた。

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