第11話
しばらくしてから、まるちゃんが顔を上げて俺と斎藤を見てきた。その目には、もう涙は浮かんでいない。
「もう大丈夫か?まるちゃん」
「うん!ありがとう!パパ!ママ!」
「よかった……。本当にごめんね。まるちゃん」
だが、俺と斎藤の手がまるちゃんの頭から離れることはなかった。まだ俺たちは、まるちゃんの頭を撫でている。
それに対して、まるちゃんは笑って喜んでくれた。まるちゃんの嬉しそうな顔を見ると、こちらも嬉しくなってくる。
パパと呼ばれることも、あまり抵抗感なく受け入れることができた。斎藤がママと呼ばれて嬉しかったのがよく分かる。
「ううん!もういいの!それより、パパになってくれる?」
「ああ。もちろん。まるちゃんがいいなら、俺が君のパパになるよ」
俺は何の迷いもなく、まるちゃんの言葉に頷いてみせる。まるちゃんが親代わりは俺がいいと言ってくれたのだ。
なら、パパになってみせよう。まだ高校生だが。幸い、ママもいるのだ。こちらも高校生だが。
「いいの!?やったー!やったよママ!パパになってくれたよ!」
「ふふっ。やったねまるちゃん。家族ができたよ。よろしくね?パパ」
「さ、斎藤がそんなこと言うなよ。恥ずかしいだろ……」
まるちゃんにパパと呼ばれるのと、斎藤にパパと言われるのは恥ずかしさのレベルが違う。まるで夫婦であるかのような表現をされるのは、恥ずかしすぎて耐えられない。
「安心して小田君。冗談で言ったつもりだったけど、私も恥ずかしかったから……」
「なら言うなよ……。お互いにダメージくらっただけじゃねえか……」
「そうだね……。冗談で言うのはやめておかないと」
「そうしてくれ。俺の心臓が持たねえから……」
どうやら、斎藤も恥ずかしさを感じていたようだ。まあ、当たり前だろう。俺たちはまだ高校生で、親になれるような年齢じゃない。
それなのに夫婦のようなパパ呼びは、俺たちにとって恥ずかしさ以外の何物でもないのだ。少なくとも俺は、冗談でも斎藤をママ呼びなんてできない。
「パパ~!ママ~!えへへ~!」
まるちゃんは余程嬉しかったのか、俺と斎藤に顔を埋めてきた。可愛い。そして尊い。保護欲が沸いてきて、そんなまるちゃんを受け止める。
「おーう。パパだぞ~」
「ふふっ。ママだよ~」
斎藤もまた、まるちゃんを受け止めて俺と似たようなことを言っている。斎藤も保護欲、もしくは母性が刺激されたのだろうか。
すると、ガチャリと扉が開く音がした。振り返ってみると、そこには俺を療心学園の中まで案内してくれた茶髪ポニーテールの若い女性が部屋に入ってきていた。
「小田さん?まるちゃんと会えましたか?……って、あら?あらあらあら!?し、失礼しましたー……」
その女性はそう言って、そのまま扉を閉めて出ていこうとする。まず間違いなく、誤解していることは分かったので、俺はすぐに必死で引き留めた。
「ち、ちょっと待ってください!絶対誤解してますから!」
「分かってます。分かってますよ?美保ちゃんに春が来たんですよね?」
「ち、違うよ!もう!長井さん!」
全然分かっていないその女性、長井さんに対して、斎藤も強く否定した。長井さんはそんな斎藤の強い言葉を聞いて、一応の落ち着きをみせる。
「そ、そうなの?ならなんでそんな状況に……?」
「俺がまるちゃんにパパって呼ばれて、まるちゃんにとっての家族になった……って感じです。それで、まるちゃんが抱き着いてきて、こんな状況に……」
「な、なるほど……?じゃあ、付き合ってはないの……?」
「はい。その通りです。大体、俺が斎藤の彼氏になんてなれるはずが――」
……彼氏?彼氏……。彼、氏……。あ、あれ……?そ、そういえば……。
「あ、あれ?小田さん?」
「パパ?どうしたの?」
「ど、どうしたの小田君?急に黙っちゃって」
俺はギギギッと首を動かして、顔を斎藤の方へと向ける。そんな俺に対して、斎藤は首を傾げて俺の返答を待っているようだった。
そんな斎藤の顔を見て、俺は完全に思い出した。高畑と相合傘をして帰った日、別のクラスに一緒に帰る人がいると言っていた斎藤を。
……斎藤、別のクラスに彼氏いるはずだわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます