第5話


「せ、先輩。その、高畑さんとは、付き合ってるんですか……?」


「え?いや、付き合ってないぞ。というより、俺が高畑みたいな美人と付き合えるわけないだろ?」


 俺が市菜と高畑のやり取りを見ていると、伊野宮が近づいてきてそう問いかけてきた。なぜかやけに不安そうに見えたので、しっかりと否定する。


 そもそも、どこからどう見たら付き合ってるように見えたのか。明らかに分不相応だろう。俺が。


「そ、そうですか!」


「……ふーん。で、あんたは誰?」


 俺と伊野宮の話が聞こえていたのか、市菜の時とは変わって威圧するように高畑が伊野宮に問いかけた。なんだこの市菜との差は?


「……なるほど。初めまして。私、市菜ちゃんのクラスメートで、先輩とも仲良くさせてもらってます。伊野宮慕丹です。よろしくお願いしますね?高畑先輩」


「……アタシは高畑心南。小田のクラスメートで、隣の席。よろしく」


 高畑と伊野宮は自己紹介し合って、握手をした。一見、うまく終わったように思うがなぜだろう。二人が、めっちゃ怖い。


「なあ、なんか高畑と伊野宮、怒ってね?」


「お、おお……。それは分かるんだな……」


 俺が気になって勝に聞いてみると、驚きながらそう返してきた。それは、とはなんだ。これぐらい誰でも分かるだろ。見るからに怒ってるじゃねえか。


「でも、なんで怒ってるんだろうな」


「やっぱ、それは分からねえのな……」


 はあ、とため息を吐いてそう言い終えた勝だったが、勝にはなぜ怒っているのか分かるのだろうか。俺が見てきた限りでは、喧嘩になるような要素は全くなかったように見えるが……。


「勝には分かるのか?教えてくれ」


「いや、俺からは教えられねえなぁ。間違ってるかもしれねえし」


「そ、そうか」


 だが、勝からすれば要因はあるということだろう。俺には全く分からないが。だってこの二人、さっき会ったばかりなんだぞ?


「お兄ちゃん!自己紹介も終わったし、そろそろ帰らない?雨がこれ以上強くなる前に!」


「そうだな。これ以上強くなられたら、敵わないし」


 俺がそう言うと、市菜が傘を開いた。そんな市菜に続いて、勝たちも次々と傘を開いていく。


 俺もまた傘を開くと、高畑が俺の傍まで近づいてきた。傘に入れるという約束をしているからだろう。


「……よし。それじゃあかえ――」


「いやいや待って待って!行けないよ!なんでお兄ちゃんの傘に高畑さんと二人で!?」


「あー。それはだな……」


「アタシが大きい傘持ってくるの忘れちゃって。それで、小田の傘に入れてもらうことになったんだ」


 俺が説明しようとしたが、高畑が市菜に説明してくれた。その事実を聞いた市菜は、口をパクパクとさせて驚きを隠せない様子だ。


 まあ、そうだよな。俺も高畑が困っていなければ、こんなことはやってないだろうし。信じられないのはよく分かる。


 だからさっさと行こうと思ったんだが、やっぱり指摘されたか。だが、高畑がきちんと説明してくれたし、すぐに出発できるはずだ。


「高畑先輩。大きい傘を忘れたってことは、小さい折り畳み傘は持ってるんですよね?それで帰ればいいじゃないですか。なんで、先輩の傘に入る必要があるんですか?」


「え、い、いや、それは、その……」


 そう思っていたのだが、伊野宮が高畑に追求を始めた。いや、確かに恥ずかしいことはあるけど、そこまで言わなくていいだろ?折りたたみ傘よりも俺の傘に入った方が濡れないのは事実だし。


「先輩の傘に入ることによって、先輩のスペースが奪われるんですよ。それで、先輩に迷惑がかかっているんです!」


「……迷惑なんかじゃない」


「「っ……!?」」


 俺が伊野宮の言葉に対してそう言うと、伊野宮と高畑が驚いて俺の方を向いた。市菜と勝も、二人ほど驚いていないものの俺の方を向く。


「確かに、あ、相合傘で帰るのは、恥ずかしいとは思った。けど、それだけだ。決して、迷惑なんてことはない。俺が、助けたくて助けてるんだ。俺に迷惑かどうかを、伊野宮が決めつけないでくれ」


「す、すいません……。本当に……」


「ああ。もういいから。次から気を付けてくれれば」


 俺は、すぐに伊野宮の謝罪を受け入れた。俺も言い過ぎたかと思っていたし、本当に分かってくれればそれでよかったからだ。


「小田……。ごめん」


「高畑が謝ることじゃない。何も気にすんな。俺がやりたくてやってることなんだから」


 なぜか、高畑が謝ってきた。さっきの伊野宮の言葉に、何か思うところがあったのだろうか。


 でも、高畑は何も悪くない。俺が助けたいから助けてるだけだ。その旨を、高畑に伝えた。


 すると高畑は顔を下に向けて、俺に近づいてきた。その距離は、俺の腕と高畑の腕が当たるほどだった。


 あ、あの……。流石に近すぎて、恥ずかしいんですけど……。


「ま、信護らしいわな」


「はい!お兄ちゃんらしいですね!」


 勝と市菜は、そう言って笑っていた。俺らしいと言われるのは、なんだかむずがゆい。


「……そろそろ、本当に行こうぜ。高畑、歩き始めるぞ。早かったら言ってくれ」


「えっ。あ、う、うん」


 俺はそんな照れを隠すように、高畑を連れて歩き始める。すると、市菜に勝、伊野宮もすぐについてきた。

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