葬儀を終えて諸届けや相続や支払いの手続きをした。あわただしく、でもあたりまえに日々が過ぎた。遺灰を海へ送った。寿江がつかまり立ちしてかしいだテーブルは処分した。和室の染みた畳も替えた。庭の樹はまた新しい枝を伸ばした。冷蔵庫はついに鳴らなくなった。

 遺品をひとつひとつ片付けながら、箪笥たんすの上に据えた遺影に目を向けて誠司はつぶやく。

「みんないなくなっちゃった……か」

 言葉にしてみて、違うと感じた。自分ひとり帰ってきてしまったように思われた。

 玄関の隅に立てかけていた骨のよじれた赤い傘を燃えないゴミに仕分けながら、誠司は寒い冬の夜の出来事を思いかえした。


 あの晩、誠司は台所で動く気配に目が覚めた。行くと寿江が皿や碗や鍋をコトリ、コトリとならべていた。もう遅いから寝よう、と声をかけると、でも……と言った。

「玄関に赤い服の女の人がうずくまっているの。食べる物をあげなくちゃ」

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