小鍛治

 寿江は転んで骨を折って寝たきりになった。食が細って、やがて食べなくなった。無理な延命はしないで自宅で見取りたい、と誠司は主治医に告げた。


 コココン、コン……コン……コン……と、古い冷蔵庫の中で壊れた自動製氷機が鳴る。

 寿江が、何? という顔をする。

「鍛冶屋さんだよ」

 去年こうした説を論じたのを、寿江はおそらく憶えていない。

 誠司はエア調コンの吹き出し口におもちやの鯉のぼりを吊ってみたが、ピクとも動かない。思いついて小さなポリ袋に目とヒレを描いたのを吊すと、カサカサゆるりと泳ぎはじめた。

 ああこのひとはまた妙なもの作って、と笑ってはくれなかった。寿江の目はたぶん違う何かを見ていた。

 早朝、誠司が浅い眠りから覚めて様子をみると、寿江の脈がひどく弱い。来てくれた看護師が声は最後まで届くと教えてくれて、誠司は思いつくまま、とりとめもなく話しかけた。コココン、コン……コン……コン……製氷機があいづちを打った。

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