狐憑き

 はじまりは知れない。誠司がそれと知った時、寿江の認知機能はもう随分と衰えてしまっていた。


 寿江が家中ウロウロして財布をなくしたみたいと言う。さきほどテレビの前に置くのを見たから指差すと、寿江は手に取って不思議そうに目をしばたいた。翌日、またなくしたと言う。家中をふたりで探して見つからなくて、昨日の買い物で落としたのかもしれない、と警察に行って、けっきょく帰りがけ新しいのを買った。その晩、寿江が箪笥たんすからバスタオルを出すと、くるまっていた財布がコロンと出て畳へ落ちた。

 おおかた盗られないようにと隠して忘れたのだろうけれども。

「狐につままれたみたいだねえ」

 寿江は首をかしげた。誠司は昔の人がこの病を何といったかに気づいた。

「それほど悪いじゃないみたいで、良かったよ」

 翌日、誠司は小さな白木のやしろを買い求めて箪笥たんすの上に据えた。ああこのひとはまた妙なこと始めた、と寿江が笑った。

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