第44話 愛する女を命がけで守る男、それが俺!(その3)
……やったか?いや、致命傷じゃない!……
俺は手ごたえから、そう思った。
俺の秘儀『兜割り』で確かにドラソンの兜は真っ二つにしたが、その前いヤツの剣を切ったせいか、致命傷までは行っていないはずだ。
だがヤツの頭部はもうむき出しだ。
剣技とスピードに勝る俺の刀を、ヤツはかわす事は出来ない。
俺はトドメを刺すべく、ドラソンに近づいた。
その足が止まる。
これは「危険を感じた本能」によるものだ。
ヤツの、ドラソンの内部に、急速にマナのエネルギーが膨れ上がるのを感じたのだ。
ドラソンが顔を上げた。
その表情が苦痛と憎しみに醜く歪んだ。
額は割れて、白い頭蓋骨が見えている。
……ヤツの頭蓋骨はアダマン鋼より固いのか?……
ヤツが憎しみに燃える目で俺を睨んだ。
「よくも、よくもやってくれたな。たかが人間の分際で……」
ドラソンは片膝をつくと、ゆっくりと立ち上がる。
「この恨み、この屈辱……ただ殺すだけでは飽きたらん。食い殺して俺の体内で消化して便にしてやるまでな」
呪いの声と共にドラソンの中のマナがさらに膨れ上がった。
それと同時にヤツの全身から黒い霧が噴出してくる。
俺はダッシュして、この間にレーコのそばに行った。
レーコはまだ眠り続けている。
『封印の首飾り』を外そうとしたが、首飾りは別の首輪でレーコの首に固定されてしまっている。
仕方ない、鎖を切ってレーコを連れて行こう。
そう思って紫に光る鎖に刀を叩きつける。
だが鎖には傷一つ着かなかった。
「ムダだ。その鎖は聖魔王の呪いがかかった鎖だ。どんな事をしても決して切ることは出来ない。そしてその鍵を持っているのはオレだけだ」
その声に振り返ると、黒い霧の中で巨大な金色の目が光っていた。
その姿が徐々に露わになる。
そこには巨大なドラゴンがいた。
……ヤツはドラゴンだったのか?くそっ、こんなデカいドラゴンは相手にした事がない!……
俺の中で焦りが生じる。
鉄錆色のドラゴンが真っ赤な口を開いた。
「驚いたようだな?オレこそが聖魔王様の八大幹部の内で『千のドラゴンを率いる』魔将軍なのだ。貴様ごとき人間、最初から街ごと踏み潰すなり、焼き尽くすなり、簡単だったのだぞ!」
俺は高く跳躍してレーコから離れた。
古城のさらに最先端へ、そして別の峰にある庭園へと飛んだ。
ドラゴンも素早く宙を跳び、俺が降りた庭園にその巨大な身体を下ろした。
「逃がさんぞ!」
「逃げたのではない!あそこで戦えばレーコにも被害が及ぶかもしれない。彼女が傷ついてはオマエも困るだろう?戦いの場を変えたのだ」
「オレを前にしてそこまで考えているとは、肝が据わっているな。だが戦いになるかな?オレはオマエを丸呑みするだけだ。ただのオヤツに過ぎん」
ドラゴンは巨大な口を開いてオレに迫ってきた。
俺も全力で前に飛び込む。
開かれた口を避けて、ヤツの左前足を横殴りに切りつけた。
「ガキン」という固い音がして、刀が弾き返される。
刀を持つ手が痺れた。
「ムダだ」
ドラゴンの顔が笑ったように感じた。
クソッ、俺の刀ではヤツのウロコを貫く事が出来ないのか?
再びヤツが巨大な口を開けて襲い掛かって来る。
俺はそれを跳び下がって避けた。
だがすぐにヤツの鋭い鉤爪が横殴りに襲ってくる。
俺はその爪を刀で受けるが、身体ごと吹っ飛ばされた。
塔に激突し、その石壁の一部が崩れ落ちた。
……クソッ、なんてパワーだ……
俺は崩れた石材の中から立ち上がった。
その時には俺を一飲みに出来る赤い口が目の前に迫っていた。
俺は素早く横に避ける。
すぐに方向転換してドラゴンの一番柔らかい部分である喉元に、懇親の力を込めて刀を突き立てた。
「ギャリギャリギャリギャリ」と言う耳障りな音がして、刀の刃が滑る。
一番柔らかいはずの喉でも、俺の力では切り裂けない!
ドラゴンがその太い尾を振るってきた。
避けられないと判断した俺は、刀を立ててそれを受ける。
バキン
鋭い音がして俺の愛刀『破神魔』が折れた。
ドラゴンの尾はそのまま俺を人形のように弾き飛ばす。
俺は庭園の端ににある塀に激突した。
だがこの塀が無ければ谷底に落ちていた所だ。
衝撃で頭がクラクラする。
一気に吐いた呼吸からは、血が飛沫となって迸った。
「刀が折れたようだな?次はその背中の大剣を使うか?」
ドラゴンの言葉が聞えるが、目眩がしてその姿がボンヤリとしている。
……クソッ、こんな所でやられてたまるか!俺はレーコを取り戻すんだ!……
視界がボヤける分、聴力に全神経を集中する。
すると遠くから甲高く鳴く声が聞えた。
……もしや……
俺はその声に全てを賭ける事にする。
庭園の塀に手をかけ、なんとかよじ登る。
「どうした、諦めて飛び降り自殺でもするのか?」
ドラゴンが嘲笑う声が聞えた。
「『身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ』ってな」
俺はそのまま庭園の塀から飛び降りた。
身体は数百メートル下の谷底へ。
……頼む、拾ってくれ!……
バサッという翼の音がしたかと思うと、俺の身体はガッチリと鋭い鉤爪に掴まれた。
霞む目には力強いグリフォンの姿が見える。
「助かったよ、タロア」
「ピイイーーーッツ」と言うタロアの鳴き声が谷に響き渡る。
俺が助かった事を知ったドラゴンも翼を広げ、その巨体を宙に舞い上がらせた。
だが空中戦ではドラゴンよりも、グリフォンの方が小回りが利く。
次々とドラゴンの吐く炎を、タロアは巧みに避ける。
しかしコチラにもドラゴンに対して有効な攻撃手段がない。
だが俺には一つだけ作戦があった。
空中から隙を見て、ドラゴンの目を狙って水平二連銃をぶっ放す。
弾は魔石の散弾だから狙う必要がない。
散弾は命中すると軍団ムカデに、氷カブトに、硫酸アリに変化してドラゴンの目玉から体内に侵入しようとする。
ドラゴンはそれを嫌がった。
大きく口を開けて咆哮する。
「タロア、俺をヤツの口の中に放り込んでくれ!」
ヤツはさっきから俺を丸呑みにしようとしていた。
胃の中で苦しめながら消化するつもりなのだ。
その上、ドラゴンの歯は食い千切る事は出来ても、咀嚼するようには出来ていない。
エサを食べる時は基本的に丸呑みだ。
タロアが方向転換をする。
真っ直ぐにドラゴンに向かって飛ぶ。
ドラゴンは両方とも丸呑みにするつもりか、真っ赤な口を大きく開いた。
「いまだ!」
俺がそう叫ぶと、タロアは俺をドラゴンの口に向かって爪を離した。
俺の身体が一直線に飛ぶ。
だが口に入る直前で、ヤツの長い二股の舌が、俺を絡め取ろうとする。
「邪魔だ!」
俺は背中の大剣を抜き、その舌を切り飛ばす。
そのまま口の中に入ると、一気に喉の奥に飛び込んだ。
ドラゴンが火炎を放射するのは、口と鼻の分岐点からだ。
食道まで入ってしまえば火炎も避けられる。
グニョグニョとした筋肉の管の中で、俺は胃に向かって送られる。
俺は胃に送られる寸前で、食道に大剣を突き立てた。
一気に切り裂いてその中に潜り込む。
ドラゴンの血が全身を濡らすが、構っているヒマはない。
そもそも俺の方も息を止めているので、そんなに長い時間は持たない。
食道を切り開いた先には、予想通り心臓があった。
二メートルはある巨大なものだ。
そして全体に網の目のように金属製のワイヤのような物が、心臓を守るために絡みついている。
おそらく普通の剣なら、そのワイヤを断ち切る事は出来ないだろう。
だがこの『封印の大剣』なら。
……くたばれ!……
俺は渾身の力を込めて、大剣を突き出した。
大剣は、心臓を守るワイヤを絶ち、その分厚い筋肉を貫き通した。
「ギョエエエエェェェェーーー!」
篭った音で、ドラゴンの絶叫が聞える。
だがドラゴンの強力な心臓は、剣を突き立てられているのに、まだ鼓動を止めない。
その上、俺の身体は上下左右めちゃくちゃに振り回されていた。
おそらくドラゴンが暴れているのだろう。
俺は大剣に力を込め、ヤツの心臓を切り開こうとした。
だが剣はガッチリと心臓の筋肉に押さえ付けられ、動かす事は出来ない。
こうなったら最後の技だ。
俺は全身のマナを両手に集中した。
そのマナを限界まで蓄積する。
これはレーコの魔力が無くても俺が使える必殺技の一つ『爆心掌』だ。
通常は掌から圧縮したマナを送り込み、相手の心臓を破壊する技だ。
それを応用し、大剣から直接心臓にマナをぶち込む!
精神を統一する。
俺の腕がブッ千切れるんじゃないかと思うくらい、マナを集めて凝縮する。
「イヤアッツ!」
掛け声と共に、圧縮したマナを大剣に送り込む。
ボンッと言った感じで、目の前の心臓が一瞬だけ大きく膨らんだ。
だがすぐに元に戻る。
そして再び正常に鼓動を始めた。
……通用しなかったのか?……
そう思った時、心臓のあらゆる部分から霧のように細かい血が噴き出してきた。
「ぐええぇぇぇ」
ドラゴンの苦しげな声が響いたかと思うと、心臓が二回ほど痙攣し、その動きを止めた。
急に重力が消えた。
落下しているのだ。
かと思うとすぐに「ドスン」という衝撃が伝わった。
俺はドラゴンの身体がクッションになって助かったが。
心臓から剣を引き抜き、食道を通って口をこじ開けて外に出た。
幸運にも最初にドラソンと戦ったテラスの上だ。
目の前には縛られて眠ったままのレーコがいる。
その横には護衛のようにタロアがいた。
しばらくするとドラゴンの死体は、元の人間体に戻っていた。
俺はヤツの身体を探って、レーコの首輪と鎖の鍵を見つける。
よろめく身体で何とかレーコに近寄り、鎖を外し、次に首輪の鍵を外して『封印のネックレス』を外した。
途端にレーコの身体が輝く。
やがてレーコはその長い睫を振るわせたかと思うと、ゆっくりと目を開いた。
魔力を取り戻したレーコには『昏睡の魔法』なんて利かない。
「タッ君?」
レーコが俺を見つめて、まるで唱えるように俺の名を口にした。
「レーコ……」
俺も彼女の名を呼ぶ。
だがそれが最後だった。
俺は自分の身体を支えている事が出来ず、その場で倒れこむ。
「タッ君?タッ君!」
俺の名を呼ぶレーコの声が心地よい。
そのまま俺は堕ちるように意識を失っていった。
>この続きは明日7:18に投稿予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます