第40話 平凡な図書館司書として周囲を欺く男、それが俺!(前編)

 翌日、俺はハンスに頼んでリシア・ナーチャ・シータの三人に「突然ですまないが、二週間ほど旅に出る」と連絡して貰った。

 彼女たちは不満もあるかもしれないが、これまでもこういう事は時々あったので、あまり詮索はしないだろう。


 俺はいつものように『タダオ・ナミノ』として家を出て、そのまま公立図書館に出勤する。


「あらタダオさん。休暇は終わったんですか?」


 受付の女の子が笑顔でそう聞いてくる。


「ああ、いつもの出張と違って今回はプライベートだからね。ノンビリできたよ」


 俺は明るくそう返す。


「ノーラは海がキレイでイイ所らしいですもんね。私も一度行って見たいですよ」


「行って見るといいよ。オススメだよ」


「でもああいうビーチ・リゾートは一人で行くもんじゃないですよね。やっぱり誰か素敵な人と一緒に行きたいです」


 そう言って彼女は甘えるような仕草で俺を見た。


 ……これってもしかして、俺にアプローチを掛けてる?……


 ブレイブの時ならまだしも、タダオの時は女性から興味を持たれるのは避けたい。


「君なら素敵な男性が見つかるよ!」


 俺はそう言って足早に立ち去る。背後で彼女のため息が聞える。

 オフィスに入ると、やはり色んな女性職員が声を掛けてくれる。

 そのどれもに俺は一定の距離を置いた返答を返して、すぐに館長室に向かった。


「おはようございます、館長」


「おはよう。タダオ君」


 館長のマハブ・ザナガード氏はその自慢の髭を撫でながら、気軽な挨拶を返してくれる。

 俺が『ザ・ブレイブ』である事を知っているのは、館長と武器屋のハンスだけだ。

 館長はデスクから立ち上がり


「君が居ない間、女性職員のモチベーションが上がらなくて大変だったよ」


 と苦笑しながら近寄って来た。

 デスク前のソファーを勧められる。


「でもそれって、俺が『魅惑チャームの呪い』を掛けられているからですよね」


 俺はソファーに腰掛けながら言った。


「うん、そうだろうね。君には『伝説の魔女』の心を縛り付けるために、強力な『魅惑チャームの呪い』が掛けられている。それは『魔女の封印』を解いた者に、自動的に掛けられる呪いだ」


 館長もソファーに座ると、持っていた本を開いた。


「君が持っているという大剣の柄には、こう書かれていた。『この剣を抜き、伝説の魔女を解放する者。魔女と魂の契約を結ぶ者なり。故に女に愛され過ぎる【女難の呪い】をその身に受ける』とね」


 俺はこの話を聞くと、いつも暗い気分になる。

 この通りなら『レーコは呪いによって俺を愛しているに過ぎない』からだ。


「俺が彼女の封印を解いたから、彼女に愛されているだけなんですよね」


「そういう事になるな。それは一緒にあったという石板にも書かれている。『魔女の封印を解く者のより、世界が闇に染まるか、それとも闇を払うかの運命が決まる』」


 ザナガード氏は俺を憐れむような表情で、しかしハッキリと言いきった。

 彼はこういう人なのだ。

 心優しく相手の気持ちに寄り添える一方で、事実は事実として曲げる事なく伝える学究の徒だ。


「もし聖魔王が伝説の魔女の封印を解いていたら、彼女は聖魔王のモノになっていたんですよね?」


「だが君は偶然とは言え、それを阻止したんだ。君がこの世界の希望でもある。彼女を守りたまえ!」


 ザナガード氏はそう言って、落ち込む俺の肩をつかんだ。



 館長室を出ると、俺は資料分類室に戻った。

 俺の仕事は書物の分類に目録の作成、閲覧者がどういう本か検索時に解るように、その概要を作成する事だ。

 それ以外にも新たな本や資料が見つかった場合は保存すると同時に、閲覧できるように新たに本を書き起こすなどだ。

 この新たに見つかった資料の中には、俺が冒険によって持ち帰った書籍や巻物、粘土板や石板まどが多くある。

 よってこのナーリタニアの公立図書館には、帝都の中央図書館よりも古代遺跡が収集されていると評判なのだ。


 この資料分類室には俺以外にも三人の職員がいる。

 なぜか全員女性だ。

 そして彼女達はおしゃべりが好きだ。


「タダオ君、今日、私たちとお昼一緒に行かない?


「悪いけど俺はお弁当だから」


「それって美人の奥さんの愛妻弁当?」


「うん」


「妬けるわねぇ~、幸せオーラ振りまいちゃって」


 俺は苦笑いで返した。


「奥さんも幸せよねぇ。タダオ君みたいに真面目で優しいダンナさんがいて」


「ウチみたいな固い所に勤めているしね」


「それだけじゃなくて、タダオさんはいつも出張で貴重な資料を発見してくるじゃない。そのための報奨金も大きいでしょ」


「その若さで高級住宅地に一軒家だしね」


 俺はウンザリしていた。

 そろそろ別の場所に移動するか?

 その時、別の司書が部屋に入って来た。


「タダオ君。すまないがカウンターの方に出てくれ。受付の人が急病で早退したんだ」


「わかりました。すぐ行きます」


 ヤレヤレ、今日は資料の解読は出来なそうだ。



 受付に出る時は、俺はマスクをするようにしている。

 もちろん顔を隠すためだ。

 『ブレイブ』の時とは髪型も違うしメガネもかけている。

 これだけでも印象は大分違うが、人前に出る時はマスクをするようにしている。


 図書館には色んな人が来る。

 学生、老人、調べ物をする役人、新たな知識を得たい商人に工房の職人さん、その弟子などなど。

 生活に余裕がある家庭では妻は仕事をしていないので、そのヒマ潰しに来る人も多い。

 そういう女性が俺に興味を持つので、それがまた厄介なのだが。



 そんな中、一人の女性の姿を見て俺はドキッとした。

 シータだ。

 彼女の清楚な美貌は、多くの人がいる中でも目立っている。

 彼女は周囲の目を気にしながら、一冊の本を素早く手にしてその長い裾に隠すようにした。

 まるで万引きでもしているみたいだ。

 そのまま貸し出しカウンダーに持ってくる。

 マズイ事に今はカウンターに俺しかない。

 シータは無言で本を差し出した。

 恥ずかしいのか、カウンターの俺は見ようとしない。

 好都合だ。

 俺も彼女と目を合わさないようにして、貸出カードを記入する。

 本のタイトルは……


 『より魅力的に見せる女になる』


 いやシータ、君は十分に魅力的だよ。

 どんな男性だって、君のような女性と結婚したいと望むだろう。

 だけど俺には大切な人がいるんだ。


 シータを本を受け取ると、そのまま逃げるように図書館を出て行った。



 それから一時間後、今度は野生的な美女が入って来た。

 やはり周囲とは一線を隔した異彩を放つ。

 ナーチャだ。

 彼女が本を読むなんて、あまり想像しなかったが。

 だが彼女は無学ではない。

 バカでは盗賊団の首領なんて務まらない。


 彼女は一冊の本を手に取ると、シータとは違って堂々とカウンターに持って来た。

 やはり俺は目を合わさないようにする。

 だがナーチャもじれったそうに外を見ていた。

 貸出カードを書くために本のタイトルを確認すると……


 『彼氏のハートをつかむ手料理100』


 ちょっと呆気に取られた。

 野生的なナーチャは今まで夜営の時は、肉でも魚でも丸焼きがほとんどだったからだ。

 手が止まった俺を見て、ナーチャがいらだったように言った。


「早くしてくれよ」


 見るとナーチャの後ろには小さな子供が並んでいる。


「すみません」


 俺が本を渡すと、ナーチャはそれをバッグに入れて出て行った。



 それから三十分も経たない時、今度はリシアがやって来たのだ。

 『桜色の舞姫』と呼ばれる彼女は、シータやナーチャよりも目だっている。

 その華麗でゴージャスな雰囲気が、人目を惹かずにはいられないのだ。

 リシアは他の二人とは違って、書棚の色んな分野の本を見て回っていた。

 カウンターにやって来た時は、三冊の本を手にしている。

 リシアも俺には関心が無いように外を見ていた。

 俺も黙って下を見たまま、貸出の手続きを進める。

 一番上にある本は歴史小説だ。

 彼女は伝説や伝承に詳しいが、こういう小説も読むんだなと思う。

 一番下の本は地政学の本だ。

 元スパイだけあって、他の国との関係性には注意しているのだろう。

 さすがは俺のパーティで軍師役を果たすだけある。


 問題は二冊の挟まれた真ん中の本だった。


 『なびかない年下男を落とす』


 さすがにちょっと引いた。

 そもそも彼女がこんな本を参考にする必要はないだろう。


 彼女の美貌と魅力は、帝都でも折り紙付きなレベルだ。

 彼女に惹かれない男の方が異常だとも言える。


 俺は「貸出期間は二週間です」と言って三冊の本を差し出すと、彼女は無言で受け取って去って言った。


 俺は小さくため息をついた。

 シータといい、ナーチャといい、リシアといい、三人とも超ド級の美女・美少女なのだ。

 彼女達に魅力を感じない男なんていない。

 俺だってレーコが居なければ、とっくに彼女達の虜になっていただろう。


 だが彼女達でさえ、自分の意思で俺に好意を持っているのではない。

 全て【女難の呪い】の所為なのだ。

 本人達は気づいていないだろうが。



>この続きは明日7:18に投稿予定です。

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